今日はロードバイクで皇居へ。
しかも輪行ではなく、自走で行きました~!
自走ってことは、もちろん東京のあの皇居
ではありません。
といって京都御所(皇居跡)もちょっと遠い。
さて、どこの皇居跡でしょう?
ともかく、堺の浅香から大和川沿いに東へ。
爽やかな秋空の下、快調に走って王寺・斑鳩
あたり。
やっぱりいつもの平城宮跡(奈良市)かな?
斑鳩から北ではなく、東へ進んだ後、中街道
を一気に南下。
田原本を経て、ここは大和八木。
ということは橿原の藤原宮跡か明日香の板葺
の宮跡かな?
大和八木からは橿原神宮を経てさらに南下、
なぜか五條に向かいます。
橿原~五條は景色も良く、お気に入りの
コース。
あぜ道の彼岸花にも心癒される。
出発して3時間半、76km走ってようやく
五條の丹原へ。
橋本へ行くならここから西へ向かう所ですが、
なんと今日は国道168号線をさらに南下。
十津川を経て新宮へ向かうこの道は、意外と
交通量が多い。
約5km走り、そろそろ目的地というところで、
トンネルを迂回する旧道へ。
なかなか迫力のある切り通しです。
この先、昔はさらに人里離れた場所だったん
でしょうね。
そして、切り通しを抜け坂を下って再び国道
と合流した場所が目的地、賀名生(あのう)。
走行4時間、距離82km。
ここは南北朝時代に後醍醐天皇や後村上天皇
が居を構えたという堀家住宅(皇居跡)。
藁葺屋根の立派ながら鄙びた御屋敷の門には
「皇居」の扁額が。
幕末に天誅組の吉村寅太郎が揮毫したもの
(これは複製)。
この賀名生(あのう)という地名、阿那宇や
穴生と書いていたものを南朝による統一が
一時的ながらも叶ったことを賀して賀名生と
書いて「かなう」と読ませた名残りだとか。
縁起のいい地名なので、私もご利益を…。
さて、無事に皇居跡も見て夢が叶ったので、
金剛越えで帰ります。
もちろん久々の金剛なのでヘロヘロ…
あぁ~しんどい。
結局、休憩を含めて8時間で走った距離は
139kmでした。
もっと走ったと思ったのに…
~今回の甘いもの~
※姉妹ブログ「和菓子の国の人だから」へGo!
123(奈良)五条 ミかさ
しかも輪行ではなく、自走で行きました~!
自走ってことは、もちろん東京のあの皇居
ではありません。
といって京都御所(皇居跡)もちょっと遠い。
さて、どこの皇居跡でしょう?
ともかく、堺の浅香から大和川沿いに東へ。
爽やかな秋空の下、快調に走って王寺・斑鳩
あたり。
やっぱりいつもの平城宮跡(奈良市)かな?
斑鳩から北ではなく、東へ進んだ後、中街道
を一気に南下。
田原本を経て、ここは大和八木。
ということは橿原の藤原宮跡か明日香の板葺
の宮跡かな?
大和八木からは橿原神宮を経てさらに南下、
なぜか五條に向かいます。
橿原~五條は景色も良く、お気に入りの
コース。
あぜ道の彼岸花にも心癒される。
出発して3時間半、76km走ってようやく
五條の丹原へ。
橋本へ行くならここから西へ向かう所ですが、
なんと今日は国道168号線をさらに南下。
十津川を経て新宮へ向かうこの道は、意外と
交通量が多い。
約5km走り、そろそろ目的地というところで、
トンネルを迂回する旧道へ。
なかなか迫力のある切り通しです。
この先、昔はさらに人里離れた場所だったん
でしょうね。
そして、切り通しを抜け坂を下って再び国道
と合流した場所が目的地、賀名生(あのう)。
走行4時間、距離82km。
ここは南北朝時代に後醍醐天皇や後村上天皇
が居を構えたという堀家住宅(皇居跡)。
藁葺屋根の立派ながら鄙びた御屋敷の門には
「皇居」の扁額が。
幕末に天誅組の吉村寅太郎が揮毫したもの
(これは複製)。
この賀名生(あのう)という地名、阿那宇や
穴生と書いていたものを南朝による統一が
一時的ながらも叶ったことを賀して賀名生と
書いて「かなう」と読ませた名残りだとか。
縁起のいい地名なので、私もご利益を…。
さて、無事に皇居跡も見て夢が叶ったので、
金剛越えで帰ります。
もちろん久々の金剛なのでヘロヘロ…
あぁ~しんどい。
結局、休憩を含めて8時間で走った距離は
139kmでした。
もっと走ったと思ったのに…
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