「あの頃のケントったら、まるで青白い人形みたいだったわ」というようなことを、エレナはアリエナにほくそ笑んで話した。アリエナはその後も、ロンドンへ父と一緒に行き、エレナと会っていた。回を重ねるたび、父と彼女は、親密さを増しているようだった。彼女の家に招待されたこともあった。トムとは、その時はじめて顔を合わせた。しかし、まるで知らん顔のトムは、アリエナにはなんの興味も示さず、すぐに自室へ籠もってしまった。アリエナは気がつかなかったが、トムと同様に、エレナも、アリエナには次第に興味を失い、まるで空気ででもあるかのようにあしらっていたのだった。
「ねぇ、ケント、私が来た時に通って行った、あの馬車は一体どうしたの?」と、エレナはアリエナになど注意も払わず、訊いた。
「ああ、あの連中か」と、ケントは言いずらそうに間を置くと、言った。「あの連中は、狼を追ってるんだよ」
「おおかみ?」と、エレナは眉をひそめた。
「ああ」と、ケントはうなずいた。「ひと月ほど前から、狼の遠吠えを聞いたという噂が、町に流れているんだよ。いや、心配することはない。ここら辺りは、じいさんの代にやった狼狩りで、根絶やしにしたはずなんだから。きっと、どこかの悪ガキが、つまらないいたずらでもしてるんだろう」
「そうなの?」と、エレナがケントの顔を覗きこんだ。
「今も言ったろう、心配することなんかないって。もし本物の狼だとしても、よそから迷いこんだものさ。せいぜい、群れから追い出された老いぼれ狼だ。恐がることはない。それにこっちには、銃があるんだよ。銃に勝てる狼なんか、いるわけないよ」
「本当ね?」
「ああ、本当だとも」
ケントは、エレナの手を握りしめた。
と、エレナが頓狂な声をあげて飛び上がった。血相を変えてケントにすがりつき、息が止まりそうな顔でテーブルの下をうかがった。床に落ちていたナプキンが、不意に意志を持ったもののように動きだした。アリスだった。アリスは、ナプキンを払いのけると、エレナの周りを駆け回った。「あっちへ行って」と、エレナはののしり、しきりに足で追い払おうとするが、アリスにはそれが遊びに思えるらしかった。
「ああ、アリスだよ」と、ケントが苦笑しながら言った。「名前は女の子だがね、雄の子犬なんだ。かわいいだろ」
「アリス、こっちへおいで」と、アリエナが席を立ち、手に取ったパンを振って、手招きした。
「――なんなの、この犬」と、エレナは叫ぶと、テーブルに載っていた水差しを投げつけた。
水差しは、アリスをほんのわずかそれ、床にぶつかると、ごろごろと重い音を立てて転がった。中に入っていた水が、血しぶきのように舞い散った。
「なんてことするの――」
と、アリスを抱きかかえたアリエナが、噛みつくように言った。エレナの変貌ぶりにあっけにとられていたケントも、娘の怒声に我に返ると、なだめるように言った。
「――エレナ、ただの子犬じゃないか。どうしたんだ、そんなにむきになって」
「ねぇ、ケント、私が来た時に通って行った、あの馬車は一体どうしたの?」と、エレナはアリエナになど注意も払わず、訊いた。
「ああ、あの連中か」と、ケントは言いずらそうに間を置くと、言った。「あの連中は、狼を追ってるんだよ」
「おおかみ?」と、エレナは眉をひそめた。
「ああ」と、ケントはうなずいた。「ひと月ほど前から、狼の遠吠えを聞いたという噂が、町に流れているんだよ。いや、心配することはない。ここら辺りは、じいさんの代にやった狼狩りで、根絶やしにしたはずなんだから。きっと、どこかの悪ガキが、つまらないいたずらでもしてるんだろう」
「そうなの?」と、エレナがケントの顔を覗きこんだ。
「今も言ったろう、心配することなんかないって。もし本物の狼だとしても、よそから迷いこんだものさ。せいぜい、群れから追い出された老いぼれ狼だ。恐がることはない。それにこっちには、銃があるんだよ。銃に勝てる狼なんか、いるわけないよ」
「本当ね?」
「ああ、本当だとも」
ケントは、エレナの手を握りしめた。
と、エレナが頓狂な声をあげて飛び上がった。血相を変えてケントにすがりつき、息が止まりそうな顔でテーブルの下をうかがった。床に落ちていたナプキンが、不意に意志を持ったもののように動きだした。アリスだった。アリスは、ナプキンを払いのけると、エレナの周りを駆け回った。「あっちへ行って」と、エレナはののしり、しきりに足で追い払おうとするが、アリスにはそれが遊びに思えるらしかった。
「ああ、アリスだよ」と、ケントが苦笑しながら言った。「名前は女の子だがね、雄の子犬なんだ。かわいいだろ」
「アリス、こっちへおいで」と、アリエナが席を立ち、手に取ったパンを振って、手招きした。
「――なんなの、この犬」と、エレナは叫ぶと、テーブルに載っていた水差しを投げつけた。
水差しは、アリスをほんのわずかそれ、床にぶつかると、ごろごろと重い音を立てて転がった。中に入っていた水が、血しぶきのように舞い散った。
「なんてことするの――」
と、アリスを抱きかかえたアリエナが、噛みつくように言った。エレナの変貌ぶりにあっけにとられていたケントも、娘の怒声に我に返ると、なだめるように言った。
「――エレナ、ただの子犬じゃないか。どうしたんだ、そんなにむきになって」