「やめろ!」
人垣をかき分けるようにして、一人の少年が飛び出してきた。グレイだった。
グレイは、薪の山に突っこむと、めらめらと燃え広がっていく火を蹴散らし、燃え広がるのを食い止めようと必死だった。オモラの所で働く山子達、山頭のカッカ、町長のケントが、こぞってグレイを引き離した。グレイを慕ってついて来たアリスが、主人を助けようと懸命に戦ったが、男達の、それこそ火のような勢いを止めることはできなかった。
火は、みるみるうちに大きさを増した。ごうごうと唸りながら、盛んに火の粉を吹き上げた。その熱さは、遠巻きにしている人々の肌さえ、焼け焦げてしまいそうだった。
バードの着衣の裾に、生き物のような火が燃え移った。処刑場に連れてこられる前から、激しい拷問によって自白を強要されていたバードには、もはや無実を叫ぶ気力さえ残ってはいなかった。
「ぼくだ、ぼくが狼男なんだ!」
グレイが再び飛び出してきた。その顔は、打撲による内出血でぱんぱんに膨れ上がり、唇からは太い血の筋が伸びていた。
「ばかやろう――」と、カッカがあわててグレイを止め、その場で力まかせに頬を殴った。
「ばかやろう、あいつは狼男なんだ。おまえがいくらかばったって、呪われた血はもう清めることはできやしないんだ」
「ばかやろう……」と、グレイを殴るカッカの目には、溢れそうなほどの涙が溜まっていた。
バードの姿が、炎に包まれていった。黒煙を吐き、天まで届かんとする火柱が、バードをすっぽりと飲みこんでしまった。もう誰も、赤い火炎の奥にバードの姿を認められる者はいなかった。
アリエナは泣いていた。もうどうなってもいいと思っていた。殴られているグレイのように、自分も殴られなければ、そう思っていた。群衆が、燃えちまえと歓声を上げていた。バンザイをしている者もいた。子供達は無邪気に騒ぎ、女達は炎に向かって石を投げつけた。アリエナは、言葉にならない獣のような叫びを上げていた。
バードは、天に昇っていった。すべてが燃え尽きた後、小さなおき火だけが、パチパチとはぜていた。もう、西の空は茜色に染まり、冷たい夜気が辺りに漂っていた。
あれほど騒がしく、ヒステリックだった群衆は、もう誰一人残っていなかった。しかし、まだ立ち去りがたい影が、幾筋か地面に長く延びていた。
「ばかやろう……」と、カッカは言いながら、グレイを抱き上げた。「ばかやろう、おまえが死んだって、どうなるもんでもないだろうが。――ごめんな、こうするしか、おまえを助けられなかったんだ。こうするしかな」
カッカは、涙声になっていた。腕の中でぐったりとしているグレイは、しかしカッカの言葉を聞いていたのか、力なく微笑もうと、口元をかすかに動かした。