「ほかの従業員とは、うまくいってるのかね?」
「ああ」
トムはまた、同じように答えた。ケントのことを、見ようともせず――。
さすがのケントも、苛立ちを隠せなかった。アリエナは気味がいいとばかりほくそ笑んだが、それまで黙っていたエレナが口を出した。
「ケント、心配しないで。ちゃんとうまくいってるわよ。あなたが仕事で留守の時でも、わたしがしっかり監視してるわ」
エレナにそう言われ、ケントは苦々しげな表情をしつつも、それ以上問い詰めようとはしなかった。
グリフォン亭は変わった。そんな声が、ちらほらと聞かれるようになっていた。ケントが町長をして働いている、その合間にだった。言われるのが、まるでつきあいのない人物なら、ケントもそれほど気にしたりはしなかったろう。だが、ごく親しい仲でそんな話がでれば、気にしないわけにはいかなかった。
経営のことは、今ではすべてエレナにまかせていた。組合の受付をやっていたことで、ケントもそれが適切だと考えたからだった。
以前は、給仕長がその任に着いていた。ベテランで、素人にも等しいケントが口を出すより、確かだろうと思ったからだった。事実、店はうまくいっていた。悪評を立てる人物は、いないといってよかった。
(彼をやめさせたのは、間違いだったんだろうか――)
ケントはそう思っていた。エレナにまかせる前は、どんなにいそがしくても、暇をみては給仕長に出納簿を見せにくるよう、指示をした。それもいまは、しない。ただ、それとなく店の様子を訊くだけだった。エレナの話からだけでは、本当のところなど、うかがえるはずもなかった。
出納簿を見せてくれ、そのひと言が言えなかった。彼女を疑っているのか、と心の中の自分が言った。もう少しだけ見守っていようじゃないか。トムもそうだが、すぐに慣れて、グリフォン亭が変わったなんてことを言うやつは、そのうち誰もいなくなるさ。
ケントは、なんとか信じよう、そうすることが家族のためなんだ、とそう思っていた。
グレイが犬を拾ったのは、久しぶりにもらった休みを、町で過ごしていた時だった。
行き先はバードの所だったが、鍛冶屋へ向かう途中、馬車馬に蹴飛ばされそうになっていたのを見つけたのだった。
まだ小さなその犬は、どうやら肋骨を折っているらしく、かわいそうなほどかすれた、力のない息をせわしなくついてた。
グレイは、どういうわけか、それっきりバードの所へは行かず、踵を返すと、オモラの家にまっすぐ引き返していった。
オモラは、子犬を抱きかかえて戻ったグレイをとがめはしなかったが、どうやら怪我をしているらしいその犬を、一心に手当てしているグレイの手際のよさに、舌を巻いていた。まるで、どこが痛いところなのか、犬と話でもしているようだった。