「よく来たな、アリエナ。みんながいるから、なんて嘘ついて悪かったが、ちょっとおまえに話があったんだよ」
トーマスが話している後ろから、ジャック、チャールズ、そしてアルが、怒ったような表情をして現れた。
「なんの用なのよ!」
アリエナは震える声で叫んだが、トーマス達は互いに顔を見合わせ、いやしい声をあげて嘲笑した。
「遅かったじゃないか、アリエナ――」
アリエナは驚いて後ろを振り返った。自分の今やってきた道を塞ぐようにして、義兄のトムが立っていた。口元にはあの、人を凍りつかせるような、冷たい笑いがへばりついていた。
「アリエナ、遅かったじゃないか。来ないんじゃないかと気が気じゃなかったぜ」
「なんなのよ。わたしになんの用があるのよ」
アリエナの声は、もう半ば涙声になっていた。と、アリエナにくっついて立っていたアリスが、不意にトムに向かって走り出した。アリエナはあわててリード引こうとしたが、間に合わなかった。
走り出したアリスにぎくりとしたトムが、懐からなにか取り出すのを、アリエナは、ひときわ大きな花火の明滅する光りの中、はっきりと目の当たりにした。
トムがアリスに振りかざしたのは、大きなジャックナイフだった。その刃は、トムの顔が隠れてしまいそうなほど幅広で、花火の赤い火を血のようにぬめぬめと反射させていた。
アリスはしかし、トムに飛びかかっていかなかった。ただひたすらに、来た道を走り去っていった。あっけにとられたトムは、気負いをくじかれて、ちぇっ、と歯がみをしたが、その場にいたほかの面々が、重々しくどよめいた。
「トム、なんだよ、それ――」と、トーマスが指をさして言った。
トムは、ヘッヘッヘッと声を出して笑った。
「なに震えてるんだよ、トーマス。こいつはおれ達のことを知ってるんだぜ。おとなしく黙ってりゃいいものを、鍛冶屋の老いぼれに洩らしやがって。おかげで町の連中が妙な目つきでおれを見やがるんだ。おせっかいでうるさい口は、塞いじまうのが一番さ」
「トム、まさかおまえ、ダイアナを死なせたのは、おまえじゃないだろうな」と、トーマスが訊いた。
「だったらどうするんだ」と、トムはナイフを手にしたまま、ゆっくりと近づいてきた。「だったらどうする? おまえらだって、もうどっぷり狼男ごっこにつかっちまってるんだぜ。誰か一人が逃げ出そうとしても、残された者ともども裁判にかけられるんだ」
アリエナは後じさった。トムはゆっくりと近づいていった。悲鳴を上げて、駆け出そうとしたアリエナを、トーマスが羽交い締めにして捕まえた。
「ごめん、アリエナ」と、トーマスは涙声で言った。「あいつがダイアナを殺しただなんて、知らなかったんだよ。あんなことをする奴だったなんて、知らなかったんだ――」