「わたしは、そんなことしやしないわ!」
と、アリエナはおもむろに立ちあがると、言った。
「アリスに言いなよ。ぼくはただ、聞いたことをそのまま言っただけなんだから」
グレイはアリエナのそばまで来ると、持っていた花を置き、跪くと、深々と頭を垂れた。
「わたしが捨てたんじゃないわ。わたしはアリスを守ろうとしたんだから。でも、でもアリスは、捨てられてしまったのよ――」
アリエナは、もう泣き声になっていた。グレイはなにも言わず、じっと頭を垂れたまま動かなかった。アリスだけが、アリエナにじっと注意を向け、なにか訴えたいような色を目に浮かべていた。
「本当かいって、言ってるよ」と、グレイは跪いたまま、アリエナに言った。
「ばかにしないでよ、たかが見習いのくせに。わたしにそんな口のきき方しないでよ」
アリエナは足元に転がる石を手に取ると、グレイに向かって力まかせに投げつけた。石は、グレイの背中に当たった。しかしグレイは、痛いと声も上げず、ぴくりと動くこともしなかった。
「じゃあ言うけど、なんで親方のあんたが花なんか供えに来るんだ。おまえらがバードを殺したからじゃないのか。ぼくは絶対にバードの無実を証明してみせる。あんたの尻尾を必ず捕まえてみせる。その時は、あんたがこの黒い土になる番なんだ」
立ちあがってアリエナを見据えるグレイの目は、人の目でありながら、血に飢えた獣のように猛り立っていた。その目を見たアリエナは、それ以上言葉を発することができなかった。思わず、駆け出していた。グレイは追ってこなかったが、アリスは寂しそうに鳴いていた。アリエナは、とうとう見つかってしまった、自分が犯人を知っていることが、ばれてしまった。と冷や汗をかきながら、自分がどこに向かっているかもわからず、走っていた。
混乱したアリエナは、リチャードの店の前に立っていた。気がついたら、そこに立っていたのだった。
「おい、どうしたい。アリエナじゃないか」
鍛冶場にいたリチャードが、アリエナを見つけて声をかけた。「どうしたんだ。さ、中で休んでお行き、家の中ががらんとしちまって、寂しかったんだよ」
アリエナは、リチャードに促されるまま、中へ入った。開けっ放しのドアをくぐると、むっとするような熱気が充ち満ちていた。炭の匂いと鉄さびのような匂いが、つんと鼻を突いた。穴だらけの前掛けをはずしたリチャードが、「さぁ、こっちへおいで」と、奥へ手招きした。
テーブルの上には、カップが二つ載っていた。リチャードは、お茶の湧いているポットで、たっぷりとお茶を注いだ。
「あれからどうしてるんだい、アリエナ。あの娘はロンドンへ行きたがっていたが、アリエナはどうなんだい」
「あの、わたし……」と、アリエナは戸惑ったように言った。なにを言えばいいか、わからなかった。
「お父さんの所はどうだね、うまくいってるかね。あのトムってのはいいやつだよ。男らしくてな」と、リチャードはそう思うだろ、というようにアリエナを見た。