「泣くんじゃねぇよ、ばか」
「……おい、誰か上がって来なかったか?」
一瞬声が途切れた。アリエナは自分の部屋の前に立ったまま、じっとしていた。
「なんだ、アリエナか――」外に出てきたトムが、つまらなさそうに言った。
「なんだとは、なによ」と、アリエナはそう言い放つと、バタンと勢いよくドアを閉め、中に入った。入るとすぐ、身震いしながら固唾を呑んだ。ダイアナの言葉を思い出したからだった。
(狼男は、トーマスなのよ――)
もしかしたら、とアリエナは思った。さっき話していたのは、ダイアナのこと……。そういえば、ダイアナは川岸で見つかったと言っていた。おそらく、ダイアナはトムにもう狼男になるのはやめてって、そう言いに外へ出たんだわ。正体がばれるのを恐れたのか、それじゃないなら事故があったのかもしれない。とにかく、その時、なにかが起こったのよ――。
「トーマス達が来ていたのは、やっぱり、ダイアナのことだったのよ」
誰かに言わなくちゃ、とアリエナが思った矢先、もうひとつの考えが頭をよぎった。
(もしかしたら、ダイアナがわたしのことをしゃべったかもしれない。狼男の正体をわたしが知ってるなんてことがわかったら――)
トムの意地悪な笑い声が聞こえてきた。声はアリエナの錯覚に過ぎなかったが、驚いたアリエナは、その場にへたりこみ、両耳を覆って目を閉じた。
いまにも、叫び声を上げて助けを呼びたかった。棺に横たわっていたダイアナの顔が、自分の顔に変わっている光景が思い浮かんだ。
(ごめんね、ごめんねダイアナ。あなたの仇を取ってあげたかったけど、わたしじゃだめ。わたし――あなたみたいになりたくないの)
許して、許して、とアリエナは何度も何度もつぶやいた。父のケントの顔が、閉じたまぶたに写った。エレナの顔、トムの顔、バード、リチャード、オモラ、たくさんの人間の顔が、次から次へと浮かんでは遠ざかっていった。アリエナは、見えない手を伸ばして、助けて欲しいと祈った。しかし、誰も、力になってくれる者はいなかった。ダイアナがいなくなった今となっては、真実を知る者は自分しかいなかった。そしてそれは、自分一人だけが危険であることをも、同時に意味していた。
ダイアナの事件を境にして、狼男はぱったりと鳴りをひそめた。アリエナの父のケントも、ひと頃のようないそがしさから解放され、じっくりと腰を落ち着けて町長の任に着いていた。町の警戒は、しかし狼男が出没していた時よりも厳重だった。夜間は、町の女達も協力して、何人かのグループになりながら、カンテラを手に町内を見回った。酒場は、そんな人々の士気をあげる最高の場所だった。
「おれ達が協力すりゃ、狼男の野郎なんていちころさ!」
エールがなみなみと注がれたカップを掲げ、男達は歓声を上げた。女達もそれに続き、次々とカップを高く掲げた。日夜、狼と狼男とを呪う歌が大合唱された。まだ、やっと歩き始めた子供でさえ、そのリズムを口ずさんでしまうほどだった。