くりぃーむソ~ダ

気まぐれな日記だよ。

狼おとこ(40)

2022-03-20 19:25:50 | 「狼おとこ」

 トムは信じられない、といった様子で、エレナの顔をまじまじとうかがっていたが、くやしそうにつぶやいた。
「くそっ、どいつもこいつも――」
 トムは面白くないといった態度で、小走りに階下へおりていった。
 アリエナはなんだか悪いような気がしながら、成り行きをそっと見守っていた。トムが怒って出て行ったあと、エレナは顔を両手で覆ってすすり泣いていた。いつも、自分に辛く当たっている彼女だったが、どこか胸を熱くするものを感じた。しかし、自分がどうしていいか、わからなかった。息を半ば殺してうかがっていたアリエナは、思わずエレナに近づこうと一歩を踏み出したが、すぐに思い直して踵を返し、静かに部屋を後にした。自室に入ると、知らぬまに涙が溢れ出した。自分の体を、凍える者がそうするように抱きしめた。エレナはきっと、こんな気持ちなんだわ。心のどこかに穴が開いたような、元気がしぼんでいくような感じがしていた。
 そんな気持ちを胸にとどめたまま、アリエナはすっきりと晴れ渡った午後、何本かの花を手に町はずれの小道を歩いていた。
 アリエナの向かう先には、バードが志し半ばで命を断たれた、墓場があった。処刑が行われてから、それほど日が経っていないせいか、こんもりとした幾つもの土まんじゅうの間に、焼け焦げて黒くなった土が丸く円を描いて残っていた。
 その土の縁には、花が手向けられていた。中には、もう枯れてしまったものもあった。まだきれいな花を咲かせているものは、枯れてしまったものの上に積まれていた。
 アリエナは花が手向けられている場所まで来ると、しゃがみこんで、そっと花を置いた。そして、黙って手を合わせると、言葉にならないくらい小さな声で、「ごめんなさい」と、つぶやいた。
 と、不意に人の気配がして、アリエナは振り向いた。そこには、あのダイアナと会った最後の日、鍛冶屋に来ていたグレイが立っていた。その手には、アリエナと同じく花が握られていた。下向きになっている花は、町で売られているものではなかった。きれいなピンク色をつけた花は、アリエナの知らないものだった。そしてなによりもアリエナを驚かせたのは、グレイの傍らにアリスが立っていることだった。
「アリス――」と、アリエナは確かめるように言った。
「きみの犬なんだろう」と、グレイはアリスの頭をなでながら言った
 アリエナは、それには答えなかった。グレイが、自分と対等の立場で話しかけてきたからだった。
「アリス、おいで」と、アリエナは両手を広げて、にっこり微笑みながら言った。
 自分を呼ぶアリエナを、アリスはただ怪訝そうな表情で、ちらちらと窺うだけだった。尻尾を振ろうともしなかった。ただちょろっと、グレイの顔を見上げた。
「あんた、アリスを捨てたんだろう」と、グレイの言葉に、アリエナはびくりと体を震わせた。「アリスが言ってたよ、アリエナに捨てられたって。何度も守ってあげたのに、外へ放り出されたって」

コメント
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