父が言ったとは思えない言葉に、アリエナは顔色を失っていた。涙が流れ出すままに、ぐっと拳を握っていた。
「アリエナ、食べないのなら片づけてしまいますよ」
エレナの落ち着き払った言葉に、アリエナは踵を返すと、自室に向かって行った。
アリエナの受難は、それ以後も続いた。一日一日と生活が積み重なって行くたび、やはりひとつひとつ、悲しみが増えていった。町中の人々が祝福した結婚式。家族の中で、一人だけ借り物の衣装を身につけながら、他人事のように誓いの儀式を眺めていた。父のケントは、まったくエレナのなすがままだった。アリエナが生まれる前から働いていた給仕を、いとも簡単に首にしてしまったのも、彼女の差し金だった。アリエナは、だんだんとひとりぼっちになっていくのを感じていた。大切なものが、それこそ垢のようにこそげ落ちていく。最後に残った心の繋がりまでも、糸のように細く、今にも断ち切れてしまいそうなほど、頼りなげだった。
ダイアナは、気落ちしているアリエナの唯一の心の支えだった。二人は以前よりも頻繁に行き来するようになっていた。
「大丈夫よ、心配しなさんなって。アリスはきっと生きてるわ」
「そう思う?」と、目に涙をためたアリエナが訊いた。
「だって、外に放り出されただけでしょ。なら、今でもその辺にいるはずじゃない」
「でもね、ダイアナ。アリスはね、どこにもいなかったのよ……」
アリエナは途切れ途切れに言うと、溢れ出す涙をこらえきれずに嗚咽を洩らした。
「だから言ったじゃない。きっと、犬が好きな人が連れて行ったんだって。もし帰ってこなかったとしても、その人の家で、大事にしてもらってるわよ」
「そう思う?」
「もちろん」
ダイアナはにっこり笑うと、アリエナに「元気を出して」と言った。
「うん」と、アリエナはこくりとうなずいた。
「じゃ、あたしこれで帰る。勉強しなきゃ学校に入れないわ」
「えっ、ダイアナ、本当にロンドンへ行くつもりなの」
「もちろんよ。あたし、鍛冶屋をやらされるのは嫌なの。それにこんな田舎、もう飽きちゃったわ。学校を出て、華々しい社交界にデビューするの。そして、紳士と結婚して、夢のようなお屋敷に住むのよ――」
ダイアナは宙を仰ぎ、うっとりと、未来の自分を思い浮かべた。
「もしそうなったら、いいわね」
「なるわ。あたし、絶対になってみせる」
ダイアナは言うと、アリエナの手を取りながら、
「向こうへ行ったら、アリエナとはしばらく会えなくなるわ。けど、絶対に呼んであげる。そうしたら、わたしのお屋敷で、一緒にお茶を飲みましょう。それから、二人でロンドン中を見て回るの。もちろん買い物もね」