「違うよ」と、グレイは眉をひそめながら言った。「みんな気がついたんだよ。どうして魔法が弱くなってしまったのか。どうして、いつのまにか世の中が人間で溢れてしまったか。
それは、魔女も妖精もぼく達も、自分大事さにお互いを認めなかったからさ。顔が合えばすぐケンカして、仲良くしようとしなかったからさ。しまいには、仲間同士で言い争って、自分だけの殻に閉じこもってしまったからさ。
だから、魔法は効かなくなってしまったんだ。もう誰も、古くさい呪文になんか引っかかりはしないよ」
魔女は黙りこくって、じっとうつむいたまま動かなかった。グレイはもうひと声なにか言おうとしたが、魔女にきつい一瞥をくれると、大股に歩き始めた。
「――坊や、ひとついいことを教えてあげるよ。いいことを聞かせてもらったお礼にね」と、魔女はうつむいたまま、不気味に震える声で言った。
「バードをはかりごとにかけたのは、町長の所のトムさ。あいつは、次はアリエナを狙ってるよ。ばかな小娘が、真犯人はトムなんだって、洩らしちまったからね。仇を討つつもりなら、あの娘から目を離すんじゃないよ」
グレイは振り返りもせず、ただこくん、と小さくうなずいた。
小路の向こうに見える表通りにグレイが消えると、魔女は意地の悪い笑い声を上げた。
「そうだよ狼男の坊主。せいぜいかわいい小娘を守ってやるがいいさ。おまえさんがいなくなっちまった後で悪かったがね、もうひとつおまけに教えてやるよ。
もうすぐそこまで、異端審問官の一行が迫ってるってね――。
イヒヒヒヒヒ……」
アリスが帰ってきたのは、祭りの前日、夜が更けてからだった。グリフォン亭の住人は、みんなが寝床についていた。ただ一人、アリエナだけは、最近ひどくなったトムの冷たい視線におびえきり、夜も眠れずしきりに寝返りを打っていた。
カリカリカリ、という木を削るような音が聞こえたのは、そんな時だった。アリエナははじめネズミのいたずらかと思ったが、しかし音は窓の外からしてくることに気がつき、じっと息を殺して耳をすました。
カリカリという音に混じって、犬の鳴き声を耳にしたアリエナは、直感的に階下へ駆け下りていった。明かりも点けず、思い切ってドアを開けた向こうには、アリスが立っていた。
「アリス!」と、アリエナは喜びの声を上げ、しっかりとその胸にアリスを抱きしめた。
「おかえり、アリス。ごめんね、もう二度と、おまえを外へ放り出したりさせないからね。ごめんね、ごめんね……」
階段を駆け下りる音に驚いて、ケントが手に銃を持ちながら、下に降りてきた。
「どうしたんだい、アリエナ――」
「見て、お父さん。アリスが帰ってきたのよ」
ケントは目を疑った。アリエナがアリスという犬は、あの小さかったアリスの面影を、どこにも留めていなかった。一瞬、飼い犬ではないのではないか、と目をしばたたかせた。がっしりとした四肢ですっくと立つその姿は、まさに野生の狼を思わせた。ピンと立った耳、ましてやその眼光の鋭さは、アリエナが喜ばしげに抱いていなければ、とっさに銃の引き金を引かせそうなほど、恐ろしげだった。