グレイは、あの日が来るのを感じていた。毎晩のように空を照らすあの月が、次第に膨らんでいくのを呪いながら――。
町は、年に一度の祭りの準備でにわかに活気づいていた。まだ小さな子供達も、どんな仮装をするのか、どんな大きな花火が打ち上げられるのか、と期待に胸を膨らませていた。オモラも、町の人々同様、弾む心を隠せなかった。
「年に一度の収穫祭だよ。これが黙っていられるかって」と、山子達もあきれるほどのはしゃぎぶりだった。
オモラはグレイを連れて、普段は食べないような貴重な食材を買い出しに出かけた。家中を明るく飾るためのロウソクを、たくさん買い求めた。オモラだけではなかった。祭りの前日には、町は重たそうな荷物を持つ人々で、ごった返していた。
グレイは、たくさんの人いきれを感じ、今にもめまいがして倒れそうだった。手に抱え持っている鳥肉からも、嫌らしい死臭が漂っているのを感じていた。いっそのこと、預けられた荷物をみんな道ばたに放り投げてしまいたかった。
持て余すほどの力を、グレイの中にある獣の血が、体中にみなぎらせていた。耳も、鼻も、目も、あらゆる器官が、人間を超えてしまっていた。気を緩めると、なにもかもわからなくなってしまいそうなほど、燃えたぎっていた。
(早く、この流れから逃げ出さなきゃ)
グレイは必死で、人の群れをかき分けていった。このまま身動きも取れず、息もつけずに押し流され続けると、一気に力が解放されてしまいそうだった。案の定、服の下では、獣の剛毛が体を覆い始めていた。
気を失う寸前、グレイは静かな小路に逃げこんでいた。そこは、表通りの熱気と喧噪が嘘のように静まり返っていた。
ほっと胸をなで下ろしたグレイは一人、荷物を抱えながら小路を歩いていった。道は、店と店の間にできた、ただの空き地だった。けれど、普段は生活道として利用されているらしく、真ん中の地面だけが固くなり、周囲に比べ草は一本も生えていなかった。草の青臭さは、グレイを落ち着かせた。人いきれに満ちあふれる生々しい肉の匂いとは違い、まったく異なった生物の匂いは、柔らかなベッドを思わせた。みるみるうちに、理性が蘇ってきた。頭が、すっきりと晴れやかになっていった。
ふと、道の向こうに小柄なおばあさんの姿が見えた。おばあさんは、路地に面した勝手口の踊り場に、杖をちょこんと突きながら、座っていた。
グレイは、そのおばあさんがしかし、人間ではないと見破った。近づくにつれ、やはり不釣り合いなほどに大きな鷲鼻が、おばあさんの顔から伸びているのが見えた。
ごくり、と唾を飲みながら、グレイは立ち去ろうとした。
「ほっほっ。狼男と出会うとはね、めずらしいこった」
どきりとしたグレイは、思わず立ち止まって魔女を振り返った。
「――なんだ。あたしが見えるのかい。まぁ、明日は満月だからね。おまえさんになら、見られても仕方あるまい。狼男の坊やさんよ」イヒヒヒヒ――と、魔女は抜け落ちた歯を隠そうともせず、大きな口を開けて笑った。