「なによ、あの娘とあたしとどっちが大切なの? あの娘の犬が、あたしの心臓が止まりそうなほど驚かせたのよ」と、エレナは椅子に座ると、うつむいて頭を抱えた。その体は、小刻みにぶるぶると震えていた。
「アリスは、いつもみんなと一緒に食事を取っているんだ。驚かせたのはぼくのせいだ、謝るよ。あらかじめ説明しておけばよかったんだ」
ケントが言うと、「いいえ、あなたのせいじゃないわ」と、エレナがケントを見上げながら言った。「でも、もう犬と一緒に食事をするのはやめてちょうだい。ね、あの娘にもそう言って聞かせてやって……」
「あ、ああ」と、ケントはおずおずとうなずいた。
「お父さん」と、アリエナが叫んだ。「お父さん、アリスは家族なのよ。今までだって、一緒に食事をしていたし、これからだって、わたし達と一緒に食べるわ」
「――まあ」と、エレナが顔を覆った。くぐもった嗚咽を洩らし、「こんな娘とは一緒に暮らせやしないわ」そして、しきりに「追い出して、追い出して、追い出して……」と、呪文のようにぶつぶつと繰り返した。
「アリエナ!」
ケントは歩み寄ると、思いっきりアリエナをぶった。アリエナは気を失って崩折れ、腕の中から、アリスが走り出した。
一連のできごとに興奮しきったアリスは、非力ながらもケントを威嚇し、吠え立てた。
しゃくり上げるエレナは、「その犬を外に出して」と、ケントに激しい口調で迫っていた。エレナの言葉を耳にしつつも、ケントは倒れている娘を目の前にして、アリスに手を出すのをためらっていた。
「もう、いいじゃないか」と、ケントがそう口にしかけたとき、トムがさっと犬を捕まえた。
トムは、そのまま部屋を抜け、廊下を駆けると、グリフォン亭の玄関から外へ、アリスを放り投げた。
バタン、とドアの閉まる音は、ケントにまで聞こえてきた。
罪悪感にかられながら、ケントはただ黙ってうつむいていた。エレナは、もうしゃくりあげることはせず、何事もなかったかのようにテーブルについていた。
トムが部屋に戻ってくるのと、アリエナが我に返るのとは、ほぼ同時だった。
「アリス……」と、アリエナは犬の姿を探した。
「お父さん、アリスは?」
ケントは娘の問いには答えず、黙って水差しを拾うと、テーブルに戻った。
「ねえ、アリスは!」
泣きながら訴えるアリエナへ、
「うるさい。あんな犬、トムが外へ捨ててしまったよ。もともとこの家には犬なんかいなかったんだ。言い争いのもとがいなくなって、ほっとしたよ」
「アリスは、いつもみんなと一緒に食事を取っているんだ。驚かせたのはぼくのせいだ、謝るよ。あらかじめ説明しておけばよかったんだ」
ケントが言うと、「いいえ、あなたのせいじゃないわ」と、エレナがケントを見上げながら言った。「でも、もう犬と一緒に食事をするのはやめてちょうだい。ね、あの娘にもそう言って聞かせてやって……」
「あ、ああ」と、ケントはおずおずとうなずいた。
「お父さん」と、アリエナが叫んだ。「お父さん、アリスは家族なのよ。今までだって、一緒に食事をしていたし、これからだって、わたし達と一緒に食べるわ」
「――まあ」と、エレナが顔を覆った。くぐもった嗚咽を洩らし、「こんな娘とは一緒に暮らせやしないわ」そして、しきりに「追い出して、追い出して、追い出して……」と、呪文のようにぶつぶつと繰り返した。
「アリエナ!」
ケントは歩み寄ると、思いっきりアリエナをぶった。アリエナは気を失って崩折れ、腕の中から、アリスが走り出した。
一連のできごとに興奮しきったアリスは、非力ながらもケントを威嚇し、吠え立てた。
しゃくり上げるエレナは、「その犬を外に出して」と、ケントに激しい口調で迫っていた。エレナの言葉を耳にしつつも、ケントは倒れている娘を目の前にして、アリスに手を出すのをためらっていた。
「もう、いいじゃないか」と、ケントがそう口にしかけたとき、トムがさっと犬を捕まえた。
トムは、そのまま部屋を抜け、廊下を駆けると、グリフォン亭の玄関から外へ、アリスを放り投げた。
バタン、とドアの閉まる音は、ケントにまで聞こえてきた。
罪悪感にかられながら、ケントはただ黙ってうつむいていた。エレナは、もうしゃくりあげることはせず、何事もなかったかのようにテーブルについていた。
トムが部屋に戻ってくるのと、アリエナが我に返るのとは、ほぼ同時だった。
「アリス……」と、アリエナは犬の姿を探した。
「お父さん、アリスは?」
ケントは娘の問いには答えず、黙って水差しを拾うと、テーブルに戻った。
「ねえ、アリスは!」
泣きながら訴えるアリエナへ、
「うるさい。あんな犬、トムが外へ捨ててしまったよ。もともとこの家には犬なんかいなかったんだ。言い争いのもとがいなくなって、ほっとしたよ」