雪後軒にて渡辺宗牛先生のお点前。
かたち塾「茶の湯の中の音と光」が終了しました。
おかげさまで充実したとても良い会となりました。余韻が今も残っています。
半東がお菓子を持って出られたところ。
まずはじめは、炭点前を宗牛先生がしてくださいました。私は耳を澄ませていました。茶の湯の音が始まっています。
そして「釜の湯がわくまでの間に一献差し上げます」ということで、お膳が運ばれ海のもの山のものを肴に3~4杯いただいてしまいました。茶席ということ、また初めてお会いする方もあり、緊張していたのですが、急にリラックス感が出てきました。(^^♪
昼間にちょこっと飲むのにいい感じの、やや甘口のお酒で、甘酢漬けのコハダと唐辛子入りの甘味噌をシソで包んで揚げたものと良く合っていました。
「お好きな方はたくさん召し上がって下さい」と先生はすすめてくださるのですが、いえいえ、これからお勉強ですから、、程々に、、自制しました。(#^.^#)
障子越しの光で茶碗を拝見する。
先生のお手前を拝見しながら静寂な中に微かに聞こえる音。
袴の硬い生地の衣擦れの音、すり足で歩く時の畳の音、炭を扱う時のカサコソした音、羽箒をはたく音、茶筅通しの音、茶杓についた抹茶を茶碗の縁で叩く時の音、お茶を点てる茶筅の音、釜に湯を戻す音、湯の沸く音。
そして茶を戴く側では、最後に吸いきる音。
また時に合図としての少し大きな音もあります。言葉をかわさなくても最後に席入りする人が襖を少し音を立てて締める。もうみんなが席につきましたということを知らせる音、他にも入り口にある呼び鈴代わりの板木(ばんぎ)、あるいは席入りの合図のためのドラや鐘の音。
今までこんな風に集中して耳を澄ませたことはありませんでしたので、新鮮でした。ゆっくりの中に強弱や速度のリズムも感じました。
光に関しては時間の変化で当然ですが終わり頃にはだいぶ暗くなりました。
外はまだ明るかったのですが、和風の建築はひさしが深くみなさんの顔もわかりづらくなってきました。
そして普段はまだこのぐらいでは灯は点けないということですが、灯具も使ってくださいました。
短檠(たんけい)というい草の芯に菜種油を吸わせて火を灯す道具や行灯も火を灯してくださいました。
昼と夜ではお道具なども明かりを考慮して違えるということでした。
いい雰囲気になり、もっとこのまま時間を過ごしたい感じでした。
過剰に明るすぎる暮らしから、明かりをスポット的に使ったり、食事のときだけでもろうそくを灯すなど、気持ちを一点に集中させたり、くつろがせたり、明かりを意識して使いたいと思います。
日没前の30分、時には明かりをつけずにぼんやりと佇むのも良いなぁと思います。
室内の暗さは外の月明かりや街の灯りを気付かせてくれます。
今回の内容は奥が深すぎて、ここに書ききれませんが、利休の教えなども引用されたり、言葉少ない中に示唆に富んだ奥の深いお話を聞かせていただきました。参加者の皆さんからも質疑応答など、様々な話題に広がりました。
今回の数時間のために朝からお手伝いの方と準備をしてくださり、終わってからも片付けにもだいぶ時間がかかったと思います。私たちに見えない時間が、このような心のこもったおもてなしにつながっているのだと改めて思います。
宗牛先生に心からお礼を申し上げます。参加してくださった方々、雪後会社中のお手伝いの方々もありがとうございました。
かたち塾の会報にこの報告を掲載しますので、参加してくださった方は特に印象に残った点を手短にまとめた感想をかたち21のメールで笹山さんまでお願いします。
今回の学びを普段の暮らしにも活かしていきたいと思いました。