青春タイムトラベル ~ 昭和の街角

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マスターズ開幕!オーガスタのことならジャックに聞け!

2012-04-06 | スポーツの話題

マスターズ・ゴルフ・トーナメントが遂に開幕!僕の体内時計は、今日「春が来た」と告げました。例年この日に全ての暖房器具をしまうのですが、今年はまだ現役。今日6日は雪がちらついていましたから。マスターズではアマチュアの松山が頑張っていますね。

初日の現地時間午前7時40分(日本時間午後8時40分)に、アーノルド・パーマー、ゲーリー・プレーヤー、ジャック・ニクラウスの3人が、オーガスタ・ナショナルGCのビリー・ペイン会長から「3人でマスターズ13度優勝のビッグスリー」と紹介され、1番パー4のティーグラウンドで始球式を行い、3人ともナイスショットでフェアウエーをとらえました。

ジャック・ニクラスは、マスターズの記録だけをとってみても、歴史を綴る本(そしてハイテクを駆使する継承者たち)に強大な影響を与えています。6度の最多優勝、最後の優勝は46歳(最高齢優勝記録)、2位で終わること4度、トップ5には15度入った。破られたものの、最年少優勝にトーナメントレコードも保持していた。そして、全45大会、合計163ラウンド、約1万2000ストロークをプレーした後での平均スコアはアンダーパーだ。これも氷山の一角にすぎない。

あちこちに注目が移る時代でも、ジャックのメジャートーナメント優勝18度という至高の目標をタイガー・ウッズが頻繁に引き合いに出すなど、ニクラスの存在は僕の心にとどまりつづけた。ニクラスはまた、名誉スターターとしてオーガスタに姿を現しつづけている。

さらに、ニクラスはややもすると見落とされがちな方法で、輝かしい功績を加えつづけている。ゴルフ界にそびえる豆の木を登ろうと願う現役ゴルファーたちに、ひっそりと助言を与えているのだ。マスターズと全米オープンの現王者たちが、その最たる例だろう。チャール・シュワルツェルとロリー・マキロイは、ニクラスの元を訪れたことが刺激となり、メジャー優勝への突破口を開いたと話しているし、ルーク・ドナルドはジャックのおかげでドライバーが改善されたと言っている。トレバー・イメルマンがマスターズで優勝する前も、マーティン・カイマーがPGAチャンピオンシップで優勝する前も、ニクラスと一緒に時間を過ごしている。まさに、ニクラスの影響力と言えるだろう。

現役全盛期の時でさえ、ニクラスは他のプレーヤーと知識を共有することが、後でしっぺ返しになるとはまったく心配していなかった。マスターズで2度、ニクラスに次ぐ2位で終わったトム・ワイスコフの有名な言葉に、「ジャックは自分が勝つことを知っているし、対戦相手もジャックが勝つことを知っている。さらにジャックは、対戦相手がジャックが勝つと思っていることも知っているんだ」という、征服する者の心構えを表現したものがある。

ニクラスと長年ともに働いてきたコーチのジム・フリックは、ニクラスの自信はそれを凌ぐものだと言う。「ジャックはゴルフを心から愛しているし、ゴルフというゲームをよく知っている。いかに難しいスポーツかということも知っている。そして、まるでパズルを解くかのように、そのチャレンジを楽しんでいるんだ」。典型的だったのは、タイガー・ウッズにグリップの握りを軽くすれば、より自由にクラブがスイングできるはずだと伝えたことだろう。

ウッズいわく、「一番心に残る思い出の1つは、1996年にジャックとアーノルドと一緒に練習ラウンドを回って、一緒にパー3コンテストに出場したことだ。マスターズに関するどんな質問をぶつけても、ジャックは喜んで答えてくれる。それこそ、あのトーナメントで一番クールなことの1つだ。経験のある熟練プレーヤーが、若いプレーヤーに知恵を授けてくれる」。

なぜニクラスは常に前向きでいられるのだろうか?「自分が成長する過程、ツアーに出場しはじめた時に、たくさん手助けしてもらったんだ」とニクラスは言う。「あのサム、サム・スニードでさえ、面倒を見てくれたんだよ。自分を押しつけることなく、たくさんの人が手助けをしてくれた」。ジャックが圧倒的な存在になりはじめると、パーマーとの関係がぎくしゃくすることもあったが、それでもニクラスは、「アーノルドがかわいがってくれた」と話す。

「年齢はいくつも変わらないけど、ゲイリー・プレーヤーもかわいがってくれた。まだアマチュアだったころは、ベン・ホーガンもそうしてくれた。バイロン・ネルソンもね。みんな惜しみなくアドバイスをくれたし、自分も彼らから学んだ。だから、若いプレーヤーたちがアドバイスを求めてやってきた時は、喜んで教えようと思うんだ。自分がこれだけの経験を積んできたんだから、もし誰かの手助けをできるなら、習得を短くできるなら、知識を持ったまま誰にも渡さず死ぬようなことはしたくないんだ。自分を押しつけるようなことはしたくないが、いつでも相談には乗るよ」。

現在はフロリダ州ジャクソンビルで投資銀行家として働くスティーブ・メルニックは、1970年に全米アマで優勝した後、オーガスタでニクラスとペアを組んだ。メルニックはそれまでニクラスと面識がなかったが、2人は非常にウマが合い、翌年、ニクラスはメルニックを自分のプライベートジェットで1週間早くオーガスタ入りするように招待し、1967年優勝のゲイ・ブリュワーとデイブ・ヒルと、4日間に及ぶ賭けゴルフをした。「ジャックのパートナーとして大稼ぎしたよ」と、メルニックは言う。「このラウンドで、ジャックからいろいろなことを学んだ。当時にしては珍しく、距離に最新の注意を払うタイプだった。12番ホールでは、キャリーの違いを知っていたし、特定の風が吹いた場合、4番ホールはどのようにプレーしたらいいか知り尽くしていた。基本的に、すべてのグリーンは11番グリーンに向かって傾斜していると分析してくれたんだ」。

ジョージア出身のメルニックは、1970年、23歳の時までオーガスタでプレーしたことがなかった。最初のティーでニクラスと会った時ほど緊張したことはないという。そして、そのニクラスは親切極まりなかった(ニクラスと一緒にラウンドしたことがある人は、必ずこの言葉を使う)。

「ニクラスは最高のティショットを放った」とメルニックは言う。「自分は、野球で言えば、インフィールドフライを宣告されそうなテンプラを打った。一緒に坂を歩いて下りながら、ニクラスに大丈夫か? って聞かれたんだ。だから、ダメです、死にそうなくらい怖いですって答えた。すると、ニクラスは自分の両手を持ち上げて、震えているのを見せてくれた。『俺だって怖いんだよ。楽しみながらいいプレーをしようじゃないか』ってね。だから、僕らは楽しんだ。よく話をしたし、ペアリングは体重で決まるなんて冗談もあった。おそらくこれまでで最高の組み合わせだね。その日から一生の友だちになったよ」。

かつて全米アマチュア王者となった他のゴルファーたちも、同じような鮮明な思い出を持っている。レブロン・ハリスJr.は、1963年にニクラスとペアを組んだとき、ロングヒッターの21歳だった。「4番ホールで、オナーだったジャックがミドルアイアンで打って、グリーンに乗せた。自分も同じクラブを使ったんだけど、距離が足りなくてバンカーに入ってしまった。すると、『充分な距離が出るクラブじゃなかったんだろ?』って言うから、『あなたのように遠くまで飛ばせなかっただけです』って答えたんだ。自分は若くて体格もあったし、背も低くない。だが、ジャックはアイアンの使い方が本当に上手だから、美しく天高い軌道で、非常に遠くまで飛ばすことができるとわかった。本当にすばらしいアイアンのコントロール能力があるんだ。あの古き時代のクラブでだ! 今じゃズルをしているようなもんだよ」。

マスターズ競技委員会会長のフレッド・リドリーも、1976年にニクラスとペアを組んだことがある。ニクラスの師でもあるジャック・グラウトからレッスンを受けていたりして、リドリーはニクラスと面識があったが、それでも“夢のような経験”だったと言う。「ジャックがとても話し上手なことに驚いたんだ。1番ホールでパーを取って、2番ホールでもいい位置に自分ではすばらしいと思えるドライブを放った。歩きはじめると、ニクラスが、いいショットだったと言ってくれた。でも、2打目はグリーンから200ヤードほどの位置にある松の木からはみ出した枝に邪魔されるだろう、とも言ったんだ。その瞬間、当時ニクラスがマスターズで5度優勝していた理由がわかった。8番ホールでバーディを決めた自分は、1アンダーでジャックに並んだ。9番ホールのドライバーも、非常にいい感触があった。ジャックは微笑みを浮かべると、自分の球を50ヤードも超えるドライブを放ったんだ」。

スチュワート(バディ)・アレクサンダーは、フロリダ大学でゴルフのコーチを務めている。1987年、アマチュア王者となったアレクサンダーは、ニクラスとペアを組んだ。当時34歳だったアレクサンダーでも、緊張する一時だった。「10番ホールのティーで、少し待ち時間があった。すると、ジャックは彼がとてもゲン担ぎをするタイプで、18年間もグリーン上でボールをマークする時は、同じペニー(1セント硬貨で銅)を使っていると話してくれたんだ。だから、自分はペースを緩めないために、他の人がパットするときには自分のマークを見失わないよう銀色のクォーター(25セント硬貨)かニッケル(5セント硬貨)を使うと言った。すると、ジャックは私を批判するのではなく、ペニーを使えば、誰の集中も削がないと教えてくれた。こういうちょっとしたアドバイスでも、すべて聞き入れたよ」。

2011年、ニクラスからのアドバイスは、シュワルツェルとマキロイの大躍進を後押しした。マキロイがマスターズの最終ラウンドを80で回る大崩れを演じた後で、ニクラスはトム・ワトソンも駆け出しの頃はメジャートーナメントで大炎上しながらも失敗を踏み台にした例を引き合いに出し、ミスをしっかり分析して、そこから学ぶようにとアドバイスした。そして、最終ラウンドのプレッシャーを受け入れながら、いいプレーができるようになるだろうことを伝えた。

コングレッショナル(全米オープン)で圧倒的なプレーを見せたマキロイは、「歴代最高の成功を収めたプレーヤーとヒザを交えて、すばらしいアドバイスに耳を傾けられたのが良かった。そして、アドバイスの一部をこんなに早く実践できたんだから」。

昨年のマスターズで、ニクラスがシュワルツェルのために18ホールのゲームプランを分析したという話は有名だ。昨年の夏、シュワルツェルにその一部を教えてくれないかと声をかけた。「各ホールには、それぞれ本当に細かな作戦があるんだ。ニクラスが言うには、1番ホールはアプローチショットでグリーンの真ん中を狙う。左は下り坂になっているから絶対にダメ。2番ホールでは、ピンが左側にある時は、右の観客に狙いを定めることができる。12番ホールはパー3のショートホールだけど、フラッグを狙って打ってはいけないし、バンカー方向以外に狙いを定めてもいけないって言うんだ。ショートしてもオーバーしても、バンカーに入るからで、池やブッシュに入ることはないからだそうだ。このアドバイスが効いたよ」。

石川もジャックにアドバイスを受けるべきです。ジャックの功績はまだまだ増えつづけている。

僕もジャックにアドバイスを受け、誰にもプロにもゴルフを習うことなく、シングルにまでなりました。しかもお金を使った練習なんて、平均的ゴルファーの50分の1もしていないと思います。勿論、大学ではゴルフ部ではありません。柔道部でした。(笑)この話もいづれ書きたい、一生の思い出です。


アラン・ドロン、不整脈の手術受ける

2012-04-05 | 青春・名画劇場

僕の青春時代を飾ったスポーツ選手や銀幕のスター達。皆さん年齢を重ねるにつれて、いろんなことが起きてきます。結構、寂しい気がします。アラン・ドロンと言えば私は、「冒険者たち」「太陽がいっぱい」「暗黒街の二人」の3本を挙げます。毎年お正月になると、ドロンの映画が封切られていましたが、スピルバーグやルーカスの映画の隆盛と共に、ドロンの映画は見れなくなりました。テレビの洋画劇場では本当に彼の作品を、沢山観たものです。

写真は昨年末の2011年12月5に、フランスのテレビ局カナルプリュスの番組「Le Grand Journal」に出演した時のものですので、76歳にして、まだまだ渋さを保っています。

そのアラン・ドロン(76)が4日、パリ市内で不整脈の手術を受けたことを明かした。仏日刊紙パリジャンが同日報じた。

「2時間前に手術を受けた。2週間前にめまいと吐き気があって、今日手術することになっていた」同紙に対しこのように語ったドロンさんは、麻酔で眠っていたのはわずか10分だったことも明かした。手術は「心臓を元通りにする」ためのものだったという。ドロンはさらに、詳細を語った。

「心臓をスキャンしたら、神経系は正常だったが、不整脈が見つかった。感情が積もり積もると、私のような人間には起こることだ。くだらんことさ」「この頃は、せわしないからね。息子のことやなんかで」

ドロンの17歳の息子は、パーティーで起こった発砲事件で、来客を誤って負傷させたとして裁判沙汰になっている。


手術の報道を受け、俳優仲間のブリジット・バルドーさんは、「アランをとても心配しているわ。私にとっては大きな存在なの。弟のようなものよ」と心境を明かしている。