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トスカーナの春を描いた美しい「花野」をみて~わたしたちがいつか忘れても大地は記憶しているー歴史はくりかえさない。ただ歴史は警告する。2018.4.21 Anno Kazuki 

2018-04-22 17:25:53 | 平和 戦争 自衛隊
トスカーナの春を描いた「花野」
トスカーナの春を描いた「花野」をみて、確認したかったことがあった
Anno Kazuki 2018.4.21
記憶
白寿記念「堀文子展」より
 
枯れたひまわりを描いた「終り」に出逢いたかった。戦後の復興期に浜辺であそぶ人びとを描く「海辺」にも再会したかった。だが、わたしが近代美術館葉山へ出かけたのは、なににもまして、トスカーナの春を描いた「花野」をみて、確認したかったことがあったからである。
 
最初、この絵を銀座のちいさい画廊でみたとき、恐怖を感じた。それが不可解だった。野の花々が描かれている。限りなくうつくしい。恐怖を覚える理由などない。
 
錯覚だろうか。たしかに、「海辺」は二重写しになっていて、浜辺であそぶ現在の人びとの姿を映すと同時に、戦争で非業の死をとげた過去の人びとを描いていた。こう解釈する人は数少ない。文子はなにも語らないからだ。
 
「海辺」には読み解くきっかけとなるヒントがあった。文子の分身がふたつ絵のなかに佇み、それぞれ昼と夜、光と影、現在と過去、生と死、繁栄と滅亡を見つめていたからだ。
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だが、「花野」にはそんなヒントは見当たらない。ふたたびこの絵の前にたち、みつめつづけた。うつくしい、この世のものとはおもえないくらいに・・・。花々は生きている。生命がある。植物として季節をめぐり咲いているのではない。野の花は失われた人びとの霊魂を宿して咲く。

 
わたしたちがいつか忘れても大地は記憶している。目に映るものだけが現実ではない。さまざまな記憶のベールが幾層も折り重なった現実がある。
 
いま銀座の街をあるくとき、わたしたちには何をみているか。平和と繁栄を享受する人びとがみえる。日日うまれかわる街並みがみえる。しかし、空襲によって焼けつくされた銀座はみえない。有楽町駅のトンネルをぬけようとして、ずたずたに裂かれた死体をみるひとはいない。あの日、疎開する人びとであふれた駅を爆弾が直撃していた。
 
東京で暮らす人は70年ほど前に数十万人が殺害されたことをもう忘れている。黒焦げの死体の山が築かれた。まだ燃えている死体の火で暖を取った人びともいる。その街をわたしたちはアイスクリームをたべながらあるく。火をのがれて隅田川に浮かぶ人びとを火が舐め、顔を焼いていった。いまとなっては川沿いの桜をたのしむばかりだ。
 
わたしたちがみようとしないだけで、東京の隅々に霊が宿っていたとしても不思議はない。
 
▽ ピオンビーノの反乱
 
1943年9月10日、トスカーナ地方ピオンビーノの港にドイツ海軍の小艦隊が停泊しようとした。港管理局はこれを拒絶するが、イタリア軍湾岸警備部隊の将軍が入港を許した。
 
ドイツ軍は上陸すると横暴なふるまいをみせ、ピオンビーノを占領しようと始動する。町の住民はイタリア軍に毅然とした対応をするようにもとめ、反乱の覚悟を示すが、イタリア軍の司令官は戦車をならべ住民にむかって砲撃した。
 
すると、イタリア軍の将校たちが命令にそむき、指揮系統を掌握し、住民に武器を提供して、イタリア軍兵士とともに防衛戦に打って出た。戦闘は午後9時15分にはじまった。ドイツ軍の反撃は11日の夜明けまでに退けられ、ドイツ兵は120人が戦死し、200人から300人が捕虜となった。
 
しかし、イタリア軍の将軍が捕虜に武器をかえしたうえで解放した。ここから戦況が一変し、イタリア軍の将校と兵士は住民たちとともに町を捨て、森へ逃れた。
 
トスカーナのパルチザンはここにはじまる。
 
▽ サンタンナ・ディ・スタッツェーマ村の虐殺
 
1944年8月12日、トスカーナ地方のサンタンナ・ディ・スタッツェーマ村において、イタリア・レジスタンス運動を鎮圧するために作戦を展開していたナチス親衛隊がファシスト民間武装組織「黒い旅団」の支援を得て、村人と地元難民560人を虐殺した。そのうち130人はこどもだった。
 
ナチスとファシストは村人と難民をいくつかの納屋に閉じ込め、機関銃で射殺し、あるいは地下室など密封された空間に押し入れ、手榴弾を投げ入れて爆殺した。教会には100人ほどの信者があつまっていたが、まず神父が至近距離から拳銃で頭を撃たれ、信者たちは機関銃で射殺された。8人の妊婦がいた。そのうちのひとりは銃剣で腹を切り裂かれ、胎児が引き出され、母と子がべつべつに殺害されている。
 
すべての家畜も殺され、村には火が放たれた。3時間の惨劇だった。そのあと、ナチス親衛隊は村の外にすわりランチを食べている。
 
▽ 花のいのち
 
歴史はくりかえさない。ただ歴史は警告する。わたしたちを導く。ナチズムとファシズムに戦いを挑んだ人びとがいる。虐殺された人びとがいる。歴史はわたしたちが共有する記憶だ。この記憶のなかに、警告も教訓も希望もある。
 
空は覚えている。大地も記憶している。野の花々は犠牲者の魂を宿しながら春を咲き継ぐ。文子が描いたのは記憶をとどめた空と大地と花々だった。
 
もし忘れてしまったのなら、また思い出せばいい。きっと花々がおしえてくれる。文子がみていた世界はいつかわたしたちの眼にもみえる。
 
その日は、わたしたちがおもっているよりも、ちかい。
 

 
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<追記>
 
ああ、なんてばかなんだろう。絵の中にヒントなんかなくていいんだ。イタリア映画「ひまわり」の花畑も夥しい数の死者をあらわす。背景はナチスドイツと枢軸国によるソ連侵略戦争だ。ソ連の犠牲者は兵士500万人、民間人2500万人だった。枢軸国も100万人の戦死者を出している。

フォークソング Where Have All the Flowers Gone? の歌詞でも、花は死者をあらわしている。男たちはすべて戦場で死に、女たちはひとつのこらず花を摘んで、男たちの墓を花で埋め尽くした。

わたしたちの記憶のなかでは花と死者が結びついている。いまおもいだした。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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