marcoの手帖

永遠の命への脱出と前進〔与えられた人生の宿題〕

世界のベストセラーを読む(396回目)そもそも誰の目線で書かれてるんだ!? 〔創世記第3章〕

2017-07-25 01:00:00 | 日記
 だから秘密保護法という奴ができあがるのか・・・、人というものは一体! すべて開けっぴろげにすれば、それなりの人にはそれなりの解釈しかしないし、それでもって烏合の衆になれば、どこぞの国のように収集がつかなくなるから、困ったものだという訳だ。
 神よ、あなたが本当に望むのであれば、園の中央の木の事は秘密にして隠しておくか、理由など語らず隠しておけば良かったものを・・・。なまじ、理由などを説明などしてたものだから、先理解の端切れがエバのまた聴きにより、頭にインプットされてしまったというわけである。
◆人というものは、判断基準が明確でなくても(無論、ここでは初めてのことだから、すべての事を判断する基礎体験もしてなかった訳だが・・・)、総括的(ここでは、神に代わる、あるいは越える)知識を何らか持ってしまうと、それが重要であれば、自分は何故そのように考えるのかなどという小難しい反省などせずに、それなりに主体的見解を持ってしまうものなのである。
◆突然、何をと・・・思われるが、神が真に禁じるのであれば、秘密にして、いきなり定義するといいのだった。それは「毒」であると・・・。しかし、全くのすべての事柄でバージン(身体的、思考においても)であることは、先理解というものがないのであるから、これまた困ったものだ。神のかたちに似せて創造されたが、神は霊であるしかも完全な・・・という訳には、肉なる人はいかなかった訳で、それも、全くpureな状態であったから、ファージーな半端な事柄と、闇を予測し避けるということも当然知らなかった訳だ。
◆細かな注訳が書かれている新改訳によるとその「善悪を知る木」については次のような解説だ。
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 この木は人間が創造者の意志に従順であるかどうかを試すためのものであり、魔術的な意味を持つものではない。むしろ人は禁断の木を通して課せられた倫理的試験により、従順を保つか不従順に陥るかして、善悪の経験的知識を体得するのである。*************************************
◆なるほど、何事も(つまり悪いことであってもということかな)、先理解がないことにはその本当の意味が分からないから、それを体得させるためだったのか・・・という結論になるな。
◆ここで、第3章の22節 神はこう嘆く!「見よ。人はわれわれのひとりのようになり、善悪を知るようになった。〔・・・・〕」と。これは、今まで臍のをつかまれ、何もかにも疑うこともせず従っていたものが、神と対等の立場に立つことを意味する。不完全ながらも・・・。これは、大体からにして不完全極まりないということが推論できる。なぜなら、神は霊であると言われるに対し、肉なる人は、地上に於いて寿命があるのであるから。
◆さて、ここで、いろいろ手順的にどうすれば良かったのか、どの手順が誤りだったのかなどを考えてみようと思う。ここで、少しは当たっているかもしれないが、遠くの旦那より、近くの自尊心を尊重し会話を親身にしかも対等にしてくれる近くの男性に心引かれるものだなどということを言おうとしている訳ではない。でもエバさんは、きっとそう思ったのだな、対等に会話したくれるたいそう聡明で神様の秘密をお話くださるなんて、なんと優しそうな方だと蛇を思ったかもしれない・・・。
◆ところで第2章16-17節で、主なる神は、初めて創造した人にのみに語っているのである。このときエバは創造されていない。しかし、狡猾な蛇は「あなた方は・・・」とおそらくエバは「アダムから又聞きの神の言葉を持ち出して、神御自身の霊的能力に近いであろう蛇にその解説を委ねて、それを鵜呑みにしたことなのである。・・・・ 続く