荻野洋一 映画等覚書ブログ

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『大いなる路』 孫瑜

2010-09-21 12:54:55 | 映画
 上海映画きってのアメリカ通、孫瑜(スン・ユイ)監督のサウンド版映画『大いなる路』(1935)で私がもっとも心を動かされたのは、音楽とユーモラスな効果音、そして日本の扱いである。

 ストーリーの面からいえば、都会の若者たちが集団で地方に下って、道路建設の労務に従事し、地元の反動地主階級(敵軍と癒着している)と対立して、捕り物となるといった案配で、それなりの内容である。しかし、若者たちの労働、飲食、休日の川遊び、地元の飯場の女給仕たちとのあいだに芽生える恋といった事柄が、じつに快活に撮られている。作り手側の気持ちも、おそらく私たちと同じであろう。
 道路建設作業をしながら金焔(チン・イェン)中心に歌われる労働歌『大路歌』『開路先鋒隊』、可憐な女給仕の黎莉莉(リー・リーリー)中心に歌われる飯場でのタイトル不明の宴歌(YouTubeで視聴可能)が、本作を永遠のものとしている。
 作は、袁牧之監督『桃李劫(若者の不運)』(1934)などの音楽も手がけ、中国作曲界の天才と謳われた聶耳(ニェ・アル)だが、この人は『大いなる路』直後の1935年7月17日午後、友人と遊泳中の神奈川・鵠沼海岸で水死した。享年23。また、聶耳が客死の地となった日本(母国での逮捕を恐れ、亡命のための来日だったという噂もある)で書いて母国に送った『義勇軍行進曲』(抗日映画『風雲児女』の主題歌)は、のちに中華人民共和国の国歌となった。山口文象がデザインした藤沢市民有志による記念碑は、「耳」の形をかたどっている。名前のなかに耳が4つもあるのだから、当然だ。それにしても、ときには映画音楽が国歌になることもあるのである。

 映画の終盤で地元の反動地主階級を打倒し、いよいよ道路完成に邁進して大団円を迎えようという一行に、突如として爆撃機が一機飛来して、主人公たちを皆殺しにしてしまう。生き残ったのは、飯場の親爺とその娘のみ。唖然とさせられるラストだが、最後まで主人公たちの敵が日本軍なのか、軍閥なのか、国共合作を裏切った国民党軍なのか明示されない。ラストの爆撃機を見れば、それが日本軍であることは明白なのだが、敵の名は名指しされないのだ。しかし途中、挿入歌の歌詞の中に、「清朝、軍閥と争い続け、今ではチビ男たちと戦っている」みたいな一節があり、検閲をかいくぐりながらもぎりぎり抗日を叫んでいるのだろう。


東京・京橋のフィルムセンターで上映(終了)
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