残月剣 -秘抄- 水本爽涼
《入門》第十五回
少し偉ぶってそう云い終えると、神代は畳から立ち上がり、ドカドカと稽古場の方へ消えた。ドカドカというのは、飽く迄も左馬介のその時の感性であり、実際の神代は、摺り足で音も無く消えていたのである。左馬介の錯覚は、偏(ひとえ)に、神代が大男だった為だった。それは兎も角として、こうして解き放たれ一人になれば、人心とは自ずと落ちつくものである。若干、十五歳の左馬介とて例外ではなかった。剣の鍛錬は今迄、源五郎の相手に借り出され、充分過ぎるほどやってきた左馬介であったが、心の修練は? と訊かれれば、これといって積んではいない。飽く迄、同年輩の者達に比べれば、剣術の腕が少し立つ…という程度なのだ。心の度量は傑士とは云い難かった。
それから大よそ半時ほどは、云われた自分用らしき小部屋で適度に寛(くつろ)いだ左馬介であったが、やはり家内とは異なり、心底からは安らげない。それと、一つ気になりだしたのは、道場の勘定方が如何に取り仕切られているのか…ということである。葛西を出立する以前より、その辺りのことについては、父の清志郎から全く何も聞かされていない左馬介であった。