残月剣 -秘抄- 水本爽涼
《師の影》第三回
「まず、手の内じゃ。中段に構えてみよ!」
「はいっ!」
蟹谷に促されるまま、堤刀(さげとう)の姿勢より、竹刀を中段に構えて押し出す左馬介である。手の内とは、竹刀を操作する掌中の作用で、両手首・両手の指を最も効率よく使う動きである。その一は、柄(つか)を持つ左右の手の持ち様、二として、左右の手の力の入れ様、三には、打突の際の両手の力の緊張とその釣り合いの状態、そして最後に、打突後の力の緩め方で、これを総合して手の内となるのだが、左馬介には、勢いよく応じたものの、蟹谷が云った手の内という言葉の含む真の意味は、未だ分かってはいなかった。
左馬介の構えを観て、蟹谷が微笑みながら口を徐(おもむろ)に開いた。
「ははは…、少しは遣(つか)えるようだが、我流との誹(そし)りは免れぬのう…」
小難しい云い回しだが、要は、お前の剣は自己流で、基本を欠いている…と、まあそういう趣旨である。左馬介には深く解せない。
「では、初めの所作に戻り、堤刀(さげとう)の姿勢から前へ歩んでみよ」
左馬介は、ふたたび促されるままに、摺り足で床を歩み始めた。