水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

逆転ユーモア短編集-90- その時(とき)

2018年01月25日 00時00分00秒 | #小説

 日々、何げなく過ごしていると、その時(とき)という瞬間を意識しなくなっている。というよりは、知らない間(あいだ)に無駄にしてしまっているのが日常の私達の生活といえる。ところが、よくよく考えてみれば、その時という瞬間にこそコトの成否(せいひ)が隠されている・・と、逆転して考えられるのだ。例(たと)えば、老ノ坂にさしかかった戦国武将、明智光秀が、『敵は本能寺にありっ!』と言ったかどうかまでは直接聞いていないから分からないが、その時、決断したことは史実に残る事実である。
 とある野外公園のトイレの前にはイベント開催の関係からか、長蛇(ちょうだ)の列(れつ)が出来ていた。
「まだ? でしょうね…」
 列の最後尾(さいこうび)に並ぶ男が、それとなくその前に並ぶ男に声をかけた。
「ええ、当分はっ! どうも進んでないようですから…」
 その時、前の男は突然の声にギクッ! としたが、振り向いて咳払(せきばら)いを一つした。そして、襟(えり)を正(ただ)してそう言うと、また前を向いた。
「弱りましたな。出そうなんです…」
 最後尾の男は、言うでなく呟(つぶや)いた。その声が聞こえれば無碍(むげ)にも出来ない。前の男は、また振り向いた。
「漏(も)れる方ですか?」
「ははは…そちらじゃないんです」
 その時の笑いが、最後尾に並ぶ男の明暗(めいあん)を分けた。前の男は、その笑いに、『余裕あるじゃねぇ~かっ!』とカツンッ! と頭にきたのである。
「そうですか、お気の毒に…」
 前の男は内心で『馬っ鹿! 漏らせ漏らせっ!』と笑いながら、外面(そとづら)は同情っぽく言った。
 その時という瞬間は、どうしてどうして、なかなかの曲者(くせもの)で、侮(あなど)れないのである。

                                 


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