舞い上がる。

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ちひろBLUESこと熊谷千尋のブログです。

朗読劇用書き下ろし小説『君と演劇』

2019-01-02 00:20:53 | 小説
昨年末、12/24~30にちず屋の2階で行った自分の作品展「ちひろdeアート」の中で、毎日朗読劇とトークイベントを行いました。
朗読劇のために「君と演劇」という短編小説を書き下ろしたので、ブログでも紹介したいと思います。



『君と演劇』

 僕が岩瀬健(いわせたける)と出会ったのは、大学四年生の秋の学園祭でした。
 学園祭の数日前、大学の劇団に所属する当時微妙に仲の良かった友人から、演劇のワークショップに誘われました。劇団の存在は知っていましたが、観に行ったことは一度もありませんでした。

 演劇ワークショップに集まった学生は、僕を含めて十人でした。
 その時、一人の学生が僕らに挨拶をしました。それが岩瀬健でした。
 彼は二年生、このワークショップで演劇の楽しさを伝えたいのだと熱く語っていました。
 全員が軽く自己紹介をすると、驚いたことに参加者十人中六人はそこの劇団員で、純粋な参加者は僕を含めて四人しかいませんでした。
 ワークショップは、一人一人がお互いの身の上話を語り、それをアドリブで演劇にしていくというものでした。
「全員発表したら、最後に全部繋げて一つの演劇を作ります!」
 岩瀬健が言いました。
 一人の劇団員が、高校時代にバンドを諦めた話をしました。僕は彼から相談される友人の役をやりました。その人が積極的に色々話してくれたので、僕は適当にうなずいているだけでなんとかなりました。
 二時間の予定のワークショップが、気付けば二時間半が経過していました。最後に全部繋げて一つの演劇を作るということは出来ないまま、岩瀬健が「よし終わり!打ち上げに行くぞ!」と言いました。
 打ち上げで酔いが回るにつれて、劇団員たちが劇団について議論を始めました。なんでも、毎年学園祭では演劇を上演していたらしいのですが、今年は岩瀬健がワークショップをやろうと言い出し、強引に押し進めたため、多くの劇団員は反対したそうなのです。
「ウチの劇団員はみんなやる気ないんすよ!」
 岩瀬健が嘆いていました。

 一ヶ月後、岩瀬健から突然メールがきました。アドレスは学園祭で交換していました。
「話したいことがある」という内容だったのですが、よく分からなかったので知り合いの劇団員に相談すると「あいつには関わらない方がいいよ」と言われました。
 しかし、どうしても来てほしいと言うので断りきれずに、僕は約束の時間に指定されたファミレスに行きました。岩瀬健は窓際のテーブルでドリンクバーを飲んでいました。僕を見つけると「カオルさんっすね!いやー、本当ありがとうございます!」と言いました。
 僕もドリンクバーを頼むと、おもむろに彼は語り出しました。
「カオルさん。この前は本当ありがとうございました!助かりましたよ!本当に、ウチの劇団員たちはダメなんすわ!やる気なくて!もう、やめてやりましたよ!あんなとこ!」
「劇団、やめたんですか?」
 僕は聞いてみました。
「やる気ないんすよアイツら!演劇やるなら本気でやらないと意味ないじゃないすか!だからもう、自分で劇団を作ることにしたんすよ!」
 若いのに尖った奴だなと思いました。なんでも今年度内に公演を行う構想だそうです。
「カオルさん俺の劇団入ってくれないすか?役者が嫌なら音響とか照明とかでいいんで!」
 さすがに驚きました。さらに話を聞いてみると、ワークショップの参加者全員に声をかけてみたけれど、会いに来たのは僕一人だけだったのだそうです。
「大学の劇団の友達とかは?」
「いや、ぶっちゃけ俺あそこで嫌われてんすわ。無理すね。カオルさんだけが頼りなんす」
 ファミレスはクリスマスの装飾がほどこされていました。大学四年生のこの季節に、一人だけ就活もせずに卒論も書かずに僕は、一体何をしているんだろう。
「いいよ、入るよ、劇団。よく分からないけど」
「マジっすか!?え、本当に入ってくれるんすか!?いやーありがとうございます!」

 それからほぼ毎日のように、岩瀬健と会う日々が始まりました。ファミレスや学食で、劇団をどうするかの作戦会議です。お互いの家にも行くようになりました。岩瀬健の部屋は散らかっていて、知らない漫画がたくさんありました。
 岩瀬健が僕の部屋に初めて来た時、彼は言いました。
「カオルさんの部屋、すげーきれいっすね!普段何してるんすか!?」
「普段はラジオとか聞いてるかな。あんまり人が来ないから」
 岩瀬健は僕に好きな漫画の話をして、僕は彼に好きなラジオや音楽の話をするようになっていきました。漫画やCDを貸し借りするようにもなっていきました。

 ある日、岩瀬健が言いました。
「カオルさん、正月とか実家帰らないんすか?」
「うーん、正直俺、就職決まってないから実家帰ると親から色々言われるだけなんだよね」
「ああ、そっすか」
「岩瀬くんはどうするの?」
「俺っすか、そうっすね、俺今度成人式なんすよ」
「そうか二十歳か。若いな」
「いやいやいや、成人式ってぶっちゃけどうでした」
「成人式、一応行ったけどなんか正直あんまり面白くなくて飲み会とか誘われてたけど途中で帰ってきちゃったな」
「マジすか?超さびしいじゃないすか」
「うるさいよ」
「全然参考になんないっすね」
「だからうるさいよ」
「カオルさん、メリークリスマス」
「何、急に」
 この日は十二月二十四日でした。
 どこかに夕飯でも食べに行こうかと僕が言うと、クリスマスイブに男二人で食事は良くないと岩瀬健が言い出し、結局コンビニに行きました。

 その日から岩瀬健は僕の家に泊まり続けました。彼が寝ている炬燵の周りは、食べ散らかしたコンビニ弁当のゴミや空き缶で散らかっていきました。

 大晦日の朝、さすがに部屋を片付け始めました。岩瀬健は昼過ぎまで寝ていました。そのまま一日中部屋の掃除をしました。気付いたら想像以上にゴミが増えていて、終わったのは、もう夜でした。
 達成感で僕らは夕飯でも食べに行こうとしたのですが、その日は大晦日、飲食店はどこもすでに閉まっていました。散々町をさまよった挙句、結局いつものコンビニに行きました。コンビニでは年越しそばが大量に売られていました。せっかくの大晦日だからということで、年越しそばと一緒に発泡酒と酎ハイもたくさん買ってきました。
 僕の部屋に戻って年越しそばを食べ、お酒を飲みながら、僕は言いました。
「そう言えばワークショップあったじゃん。今思うとあれ謎の面白さあったよね」
「あれすか、ぶっちゃけ俺の中では微妙に黒歴史になってるんすけど」
「そうなの?」
「まあ、あんまりうまくいかなかったっすからね」
 岩瀬健が黙りこんだので、僕は言いました。
「そう言えばさ」
「え?」
「そう言えばどうするの、劇団」
「あー」
「いや、ずっと聞こうと思ってたんだけど」
 気付けば僕らが劇団の話をすることはまったくなくなっていました。
「いやー、その話なんすけど、正直もういいかなって思ってて」
「えっ?どういうこと?」
「いやー、最初はやりたいなって思ってたんすけど、正直もういいかなって」
「何言ってんの?」
「なんかもう、いいんすよ」
「いやいやいやいや。え、やりたいって言ってたじゃん」
「いや、そうなんすけどね。正直なんかもう、いいかなって」
「お前何言ってんだよ」
「なんなんすか急に」
「俺だってもう四年で卒論とかあるのに付き合ってやってんじゃん」
「いや、カオルさん卒論とかやってないじゃないっすか。学校とか行ってんすか?」
 今度は僕が黙る番でした。正直、僕は卒論なんてまったく手を出していないのです。
「あ、すいません」
「いや、いいよ」
「本当すいません」
「いいって」
 気まずい沈黙が続きました。岩瀬健は黙ったまま携帯をいじっていました。
「まあ、この話はまた来年しようか」
「あ」
「どうしたの」
「年、明けました」
「え?」
 僕は自分の携帯を見ました。
「本当だ」
「カオルさん」
「何?」
「あけましておめでとうございます」
 そのまま一ヶ月ぶりに演劇の話を、朝まで色々話し合ったのですが特に何の結論も出ないまま、気付いたら二人とも炬燵で寝ていました。
 起きるとすでに昼になっていました。ゴミと空き缶を片付けていると、岩瀬健が起きて言いました。
「俺、帰ります」
「あ、そう」
「実家帰りますわ」
「ああ、そうするの?成人式まで帰らないって言ってなかった?」
「うーん、やっぱ帰りますわ」
 そのまま岩瀬健と別れました。そのまま、彼からの連絡が途絶えました。

 あれ以来、岩瀬健から連絡がくることはなくなりました。何度かメールを送ってみても返信はなく、電話をかけても出ませんでした。
 でも僕も他人の心配ばかりしている場合ではありませんでした。ずっと見て見ぬふりをして先延ばしにしてきた卒論を、いい加減始めなくてはいけませんでした。
 数ヶ月ぶりに研究室に顔を出して教授に頭を下げて卒論を書き始めたものの、大学に行くと同期の学生と出会ってしまうのが気まずいので、相変わらず家に引きこもったまま書いていました。
 一度、実家に帰って、両親と話し合いました。ひとまず実家に帰ってしばらくアルバイトをしながら就職先を探すしかないということになりました。
 そうこうしているうちに、二ヶ月が過ぎ、卒業の時が近づいてきました。

 三月、提出期限をギリギリ過ぎて書き終わった卒論を、何とか無理を言って教授に受け取ってもらい、卒業が決まりました。

 卒業式のあとの学科の飲み会で、かつて僕を演劇ワークショップに誘った友人と話す機会がありました。僕は何となく、「そう言えば、岩瀬くんって今何してるの?」と聞いてみました。すると彼は言いました。
「ああ、アイツね。いやあれから色々あってね…」

 そこで僕は、今の岩瀬健に関するいくつもの情報を初めて知りました。
 年が明けてから、大学の劇団の一年生を引き抜こうとしていたこと。
 その際、劇団の名簿を勝手に持ち出したことが問題になったこと。
 一年生たちは卒業生追い出し公演の稽古期間中で、その稽古に支障が出てしまったこと。
 劇団の代表が岩瀬健と直接会って話し合うはずが、逆に喧嘩になってしまったこと。
 そして、岩瀬健は大学もやめて、今は音信不通であるということ。

「まあ、アイツには関わらない方がいいんだよ」と、彼は言いました。
 その日、飲み会が終わるとそれぞれの学科ごとに二次会へと移って行きましたが、僕は特にそこには顔を出さずに帰りました。

 あれから一週間経って、四年間住んだアパートから実家へと引っ越す日が来ました。
 引っ越し業者によって荷物が運び出されると、もともとものの少なかった僕の部屋は何もなくなりました。
 思えば、友達が来たりすることのほとんどない部屋でした。この部屋に自分以外で唯一泊まったことのある岩瀬健のことを思い出します。
 引っ越し業者のトラックが出発したあとで、僕は荷物を持って高速バス乗り場に向かいました。バスを待っていると、携帯が鳴りました。見ると、岩瀬健からのメールでした。
 そこには一言、こう書いてありました。「卒業おめでとうございます」
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