舞い上がる。

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ちひろBLUESこと熊谷千尋のブログです。

理不尽な社会で傷付きながら必死に生きる家族のドラマ。「家族を想うとき」観てきました。

2020-02-19 13:28:11 | Weblog


2/19(水)、ユナイテッド・シネマ新潟で「家族を想うとき」を観てきました。
新潟市内では、ユナイテッド・シネマ新潟のみでの上映だったようです。





予告編はこんな感じです。



イギリスで暮らす、両親と息子と娘という、ある4人家族の物語です。
映画の冒頭、父はドライバーの仕事を始めます。

それまで父は低賃金の労働を転々としてきていたので、少しでも給料の多い仕事に就いて家族を支えるため、幸せにするために、転職という決断をしたのです。
しかし、結果的にものすごくブラックな長時間労働を強いられることになり、その日からどんどん家族がすれ違って不幸になっていってしまう…という切ない物語でした。

また、訪問介護の仕事をしている母もまた、家族の団欒中に職場に呼び出されるなど、仕事に振り回され家族との時間が取れずに悩んでいます。
息子は不良仲間と問題を起こしてばかりだし、幼い娘はそんな家族に振り回されて戸惑っています。

でもそんな家族も、実は仲良く食卓を囲んだりするという本当にいい家族で、例えば不良の息子も普通に家族想いだったりするわけです。
そんな幸せな夕食の途中で、母が職場から呼び出されたりするのですが、息子の提案でみんなで母の車に乗って職場まで行ってみるなんてこともあって、ここは映画の中で数少なく、ほっこりする場面でした。

だからこそ、後半の理不尽な展開の悲しさがさらに際立つんですよね。
父は仕事中に窃盗犯に襲われ、荷物を奪われてしまうばかりか、職場の機材を壊され、さらに暴行を受けて重傷を負ってしまう入院するハメに。

もちろん、そんな状態では働けないから入院することになるのですが、入院中は仕事を休むことになり、家計が苦しくなってしまう。
その間の補償みたいなものはまったくなく、職場は入院した父に対する配慮をまったくせずに、それどころか機材を壊した弁償をしろと冷たく言い放つ。

そんな職場に、母がブチキレるシーンがあるのですが、理不尽な状況下でも家族への想いを爆発させるという、本当に名シーンでした。
それでも、何も解決しないというのが本当に切ないのですが…

そして、最後の最後まで何も解決しないどころか、寧ろこのあとさらに悲劇が怒ってしまうのではないか…という予感すら感じさせるという、非常に切ない終わり方をします。
最初から最後まで、どうすればこの不幸を抜け出せるのか、どうすれば家族が幸せになれるのか、正解が分からない理不尽さが生々しく伝わってくる映画でした。

しかも、その背景には貧困、ブラック企業、母の働く介護職の人で不足など、イギリスのみならず日本でも身近な社会問題があるわけで、いつ誰に起きてもおかしくない現実を描いた映画だなと思いました。
ケン・ローチ監督は「わたしは、ダニエル・ブレイク」でも思ったけど、理不尽な世の中で生きる人達のリアルな悲しみや苦しみから目をそらさずにそれを映画の中で描いてくれる、世の中に対する怒りとそこで生きる人々に対する愛のある監督なんだなと思います。
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