舞い上がる。

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ちひろBLUESこと熊谷千尋のブログです。

シネ・ウインドでアキ・カウリスマキ監督『希望のかなた』を観て来ました!

2018-02-12 21:11:06 | Weblog


2/10(土)に、シネ・ウインドでアリ・カウリスマキ監督『希望のかなた』を観て来ました。



ひとまず予告編はこんな感じです。





どんな映画かと言うと、主人公・カーリドはシリアからヘルシンキに辿り着いた難民の青年で、彼が生き別れになった妹を探す中で、様々な人達との交流を描いた人間ドラマです。
また、もう一人の主人公、妻と離婚して新たな人生を歩むことを決めたヴィクストロムの経営するレストランで、主人公のカリードは働き始め、映画の中盤以降はそのレストランでの人間ドラマが中心になっていきます。

生き別れになった妹を探す難民の青年を巡る人間ドラマ、と書くと、何だか物凄く涙の感動作、もしくは社会派のハードなドラマみたいなものを想像してしまいそうになりますが、この映画はまったくそんなことはなく、非常に静かな映画です。
静かというか、基本的にどんな台詞もエピソードも淡々と進んでいく映画で、登場人物たちも基本的に全員が無表情で台詞も棒読みなほどです。

あまりに淡々と物語が過ぎて行くので、どういう気持ちでこの物語を観ればいいのか、最初のうちは判断に困ってしまったほどです。
例えば、映画の冒頭、ヘルシンキに入港してきた船の石炭の山の中から、そこに隠れていた主人公が起き上り、そのまま真っ黒なままで船を出てヘルシンキの町を歩いていく、というシーンから始まります。

このシーンは、見方によっては主人公が命懸けで必死に生き延びたことを表現しているようにも見えるし、また見方を変えれば「そんなとこから出てくるのかよ!」というギャグと受け取ることも出来るのではないかと思います。
しかしこの映画は、あくまで静かに淡々と出来事だけを描いていて、どう受け取るかの判断は完全に観客一人一人に委ねているということなのかも知れないなと思いました。

それ以降もこの映画はずっと淡々と続いていくのですが、そんな淡々とした物語の中で、時折非常にショッキングな情報が飛び出してきたりします。
例えば、主人公が難民申請をする下りでは、主人公が故郷のシリアで空爆を受け、家族のほとんどが亡くなり、妹二人で亡命したが途中で妹と生き別れになり、主人公は命懸けでヘルシンキまで亡命してきて、今でも妹を探している、なんていう非常にハードな生い立ちが語られたりします。

そういうハードな台詞の登場するシーンは、他の映画だったら物凄く感情に訴えかけるような音楽や演出や台詞の言い回しなどを使って盛り上げてきそうなところですが、この映画はまったくそんなことはなく、あくまでそれまでの映画のトーンを変えずに、淡々と主人公が語り続けるだけなのです。
しかしこのシーン、あくまで無表情で淡々と過去を語り続ける主人公の顔面のアップを前からカメラがとらえた映像が、ワンカットで続くというものになっていたので、余計な盛り上げ方をせずに、あくまで問題の本質だけをストレートに観客に伝えようとしているのかも知れないな、などと思ったりもしました。

その一方で、そんな淡々とした物語の中で、時折ハラハラするシーンが登場したり、笑えるシーンが登場したりもします。
例えば、主人公のカーリドがヘイトスピーチ的な団体から露骨に差別されるというショッキングなシーンが登場したりするし、彼が難民の居住地みたいな場所をこっそり抜け出すシーンはハラハラするサスペンスになっていたりするのですが、それらも他の映画に比べたらかなり淡々と描かれていると思います。

また、笑いに関してですが、これは本当に説明するのが難しいですが、静かに淡々と予想の斜め上を行くボケを繰り出してくる(ただし、やっている本人はボケだと思っていなくてあくまで真剣)という感じなのです。
要するに笑いって、見ている人の予想の斜め上を行くものを、絶妙なタイミングで繰り出してくることで生まれるものだと思っているのですが、この映画に登場するのは、まさしくそういう笑いなのです。

例えば、ヴィクストロムが前の経営者からレストランを譲り受けるシーンがあるのですが、どうやら前の経営者はちゃんと給料を払っていなかったらしく、3人の従業員が黙ってヴィクストロムを凝視し続けているのです。
要するに、3人は新しい経営者から給料が支払われるのをじっと待っているのですが、それを台詞ではなく3人が黙って立っているというシュールな構図だけで表現しているので、明らかに違和感のあるちょっと変なシーンになっているのです。

このシーン、思わず「お前ら何なんだよ!」「何か話せよ!」とでもツッコミを入れたくなってしまいそうなところなんですけど、この映画はそういうことは敢えてしない訳です。
ちょっと違和感のあるシーンによって、静かに淡々とこちらの笑いを誘い、心の中で思わずツッコミを入れたくなってしまうという、これはまさしくナンセンスコメディにも通じる面白さなのではないかと思ったりしました。

極めつけは、レストランが途中から日本食レストランに路線変更をするのですが、寿司を作っていたはずが魚が足りなくなり、仕方なく「わさびでごまかせ」と言って、山盛りのわさびの乗った寿司を唐突に作り始めるシーン。
その寿司が、完全にバラエティでリアクション芸人が罰ゲームで食べるような寿司になっていて、思わず「いやいやいや!有り得ないだろ!」とツッコミを入れたくなってしまうのですが映画の中では誰もツッコミを入れず、それどころか、その寿司を食べた人のその後のリアクションとかも描かないのです。

要するに、何の前フリもなく唐突に大ボケが登場し、誰もツッコミを入れずに、完全にボケっぱなしで次のシーンへと移っていくのです。
この、完全に観る者の予想を裏切り続けるボケっぷりは、やっぱり完全にナンセンスコメディのノリではないかと思います。

と言う訳で、この映画は非常に淡々としているのですが、そんな淡々とした物語の中で、悲しみも笑いも同じトーンであくまで淡々と描かれ続けていくのです。
だから、積極的に感情に訴えかけてくるような映画ではないのですが、その分、観客が物語の裏にある感情を想像することが出来るので、何というか「じわじわくる」映画だったなあと思います。

さらにこの映画が素晴らしいのは、悲しみと笑いだけでなく、感動や希望までもがしっかり描かれていることなのです。
と言う訳で、その魅力の全てが詰まったような、カーリドとヴィクストロムの出会いのシーンをちょっと紹介したいと思います。

難民の居住地を抜け出した主人公・カーリドが町中で倒れ込んでいるところに、レストランの経営者・ヴィクストロムがやってきて話しかけることで二人が出会うのですが、何の前フリもなく突然カーリドがヴィクストロムを殴るのです!
えっどうして?とツッコミを入れる間もなく、今度はヴィクストロムが殴り返します!

と思ったら、次のシーンではヴィクストロムのレストランでカーリドが黙って食事をしているのです。
そして、ヴィクストロムが「うちで働くか?」と聞くと、カーリドは「はい喜んで」と言い、次にシーンが切り替わるともう働いているのです。

分かりますか、二人が出会って、唐突に殴り合って、次のシーンでは唐突に助け合っているのです。
あまりに淡々とエピソードが展開していくので、思わず「説明なしかよ」とツッコミを入れたくなってしまうシーンです。

このシーン、先程も言ったように、ツッコミなしで唐突にとんでもないボケを繰り出すナンセンスコメディ的なシーンとも受け取れるし、悲しみを抱えた登場人物たちが傷付け合うものの最終的には助け合うという感動的なシーンとも受け取れるのです。
これはあくまで僕なりの読み取り方ですが、つまりこのシーンは、と言うかこの映画は、人生における悲しみや笑いには大差なく、常に同時に等価値で存在しているものだよという、ある意味ちょっと達観した人生観のようなものが、表現されていたのかも知れないなあと思ったりしました。

そしてこのシーンで重要なのが、特に説明もなく、ヴィクストロムがカーリドを助けていることなのです。
この後も、この映画では様々なハプニングが発生しますが、基本的に登場人物たちは特に説明も動機付けも描かれずに淡々と助け合っているのです。

軽くネタバレをすると、最終的には主人公カーリドの生き別れになった妹を探すのを、みんなが手伝ってくれるというクライマックスを迎えるのですが、こんなにもドラマティックに盛り上がりそうなシーンなのに、あくまでも相変わらず淡々と描いているのです。
もしかしたらこれは、人が人を助けることには理由は要らないというメッセージかも知れないなと思ったりしたのですが、そういうカッコいいテーマをあくまでさらっと表現するような上品さが、この映画にはあったなあと思います。

また、最初から最後まで映画のトーンが一貫して変わらないのですが、それはつまり、人生の悲しみと同じように希望も普通に存在しているよというメッセージにも受け取ることが出来たなあと思います。
そして、何度も言うように、主人公のハードな生い立ちから希望を感じるラストシーンまで同じトーンで淡々と物語が進んでいくので、映画を観ながらテンションが上がる!なんてことはないのですが、その分観ながら色々なことを想像するので、映画を観終わると、すごく静かな気持ちの中で、感動がじわじわと沸き立ってくる、そんな映画だったなあと思います。
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