nemo 折々の自然

折に触れて観察した自然などの記録

甲斐・駿河・伊豆紀行 1

2016-02-14 15:45:37 | 旅行記
平成28年2月7日(日)晴後雪
 『美しき冠雪の富士八景と河口湖冬花火』というツアータイトルに誘われて、クラブツーリズム社のツアーに参加しました。
 予報では昨晩は雪の心配がありましたが、雨が少々降った程度で、今朝は澄んだ青空が広がり絶好の行楽日和になりました。
 今回のツアーはバスによるもので、参加者は22名、その中には香港から春節を利用しての親子の方の参加もありました。
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 バスが中央道を進むにしたがって、昨日の雪を新たにした富士山が、我々を迎えてくれました。
 八王子付近からは、昨日降った雪が目立ち始め、高尾山周辺の樹々に積った雪が幾何学的に見えるのも美しい。 
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 談合坂 S .A. で休憩後、笹子トンネルを抜けると、甲州盆地を前景にした白峰三山を始め、南アルプスの山々が展開する冬景色が見応えあり。
 バスは昼食のため勝沼 I.C. で降り、あの武田信玄の墓のある『恵林寺』前の『信玄館』の駐車場に入る。
 建物の右手には 武田信玄像があり、その視線の先に信玄公の墓所があるという。
 ここで武田軍の陣中食でもあった『ほうとう』を戴くことになる。
 階段を上がった所が売店のある一階、その入口近くに武田信玄が着用したと云う鎧の模写が置いてある。
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 2階の食堂では、既にほうとう鍋に火が入っており、その他かやくご飯と湯葉など三品が並んでいる。
 小さい鍋のほうとうは醤油味、お椀に三杯ほどと量も少なめ。かやくご飯を二口ほどで食事を終える。
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 信玄館の道路を隔てた場所に信玄公を祀る恵林寺があるので、参詣に行く。
 境内には昨日の雪が残っており、杉林から溶け落ちる雪を避けながら開山殿へ向かう。
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恵林寺
 恵林寺は臨済宗妙心寺派の名刹である。元徳2年(1330)に、甲斐牧ノ庄の地頭職(領主)をつとめていた二階堂出羽守貞藤(道号は道蘊)が、夢窓国師を招き、自邸を禅院とし創建しました。
 武田信玄の尊敬を受けた美濃の快川和尚の入山で寺勢を高め、永禄7年(1564)には、信玄自ら寺領を寄進し当山を菩提寺と定めました。
 天正4年(1576)4月、遺言通り三年間の秘喪の後、武田勝頼は快川国師の導師のもと、父信玄の盛大な葬儀を厳修しました。
 しかし天正10年(1582)3月、勝頼は時運を味方につけることができず天目山下に自刃、甲斐武田氏は滅亡しました。
 同4月3日、恵林寺は織田信長の焼き討ちにあい、快川国師は「安禅必ずしも山水を須(もち)いず、心頭滅却すれば火も自(おのずか)ら涼し」と言葉を残し、百人以上ともいわれる僧侶等とともに火に包まれました。
 同6月3日、「本能寺の変」によって信長が斃れて後、徳川家康の手により復興され、また徳川五代将軍綱吉の時代に甲斐国主となった柳沢美濃守吉保の庇護で寺運は発展、柳沢吉保嫡男の吉里の代に柳沢家は奈良大和郡山に転封となるも、吉保夫妻は恵林寺を菩提寺として霊廟をもうけました。       【恵林寺HPより】
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 開山堂と堂内の画像です。
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 庫裡と三重塔。
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 三門と三門から四脚門を望んだ画像。この三門の場所で快川国師が「心頭滅却すれば火も自ら涼し」と言葉を残し、百人以上ともいわれる僧侶等とともに火に包まれたとのことです。
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 午後は先ず近くにある『ハーブ庭園 旅日記』へ。
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ハーブ庭園 旅日記
 ハーブは「人の役に立つ花(美・健康・色彩・香)」と言われています。観賞用としてのハーブをはじめ、食用・薬用・美容などその用途は幅広く、ハーブはたくさんの魅力を持った花と言えます。四季を通して、花々との出会いは現代の人たちにとってかけがえのない心のオアシス。一万坪の広大な敷地を約200種類ものハーブたちが咲き誇る美しい大庭園です。【パンフより】
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 駐車場で待ち構えていた案内人に二組に分かれて園内へ。
 我々の案内人は、立て板に水を流すような早口で説明する。時折笑いを誘いながら『大温室』に入り、主な三種類のハーブの説明から始める。
ステビア
 キク科の植物で、葉をむしって口に入れると、なんと砂糖の200倍ともいわれる甘さ。カロリーもほとんどゼロで、糖尿病の方にもおすすめです。
 砂糖よりも上品な甘さなので、ハーブティーでゼリーを作り、その甘味料として使用しても良いでしょう。
 ドライにすれば、冷蔵庫で保存できます。
 また、肉じゃがや煮物の甘味料として利用する場合には、ドライのものを細かく砕いていれると、砂糖の量も少量ですみます。ぜひ、おためしください。葉と、茎が利用できます。                    
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ローズゼラニュウム
 フウロソウ科の半低木で、バラによく似た香りがする事からこの名前がつきました。
  ヨーロッパでは「美肌草」と呼ばれ親しまれています。
  ローズゼラニウムには皮脂分泌のバランスを整え、血行を良くしたり、 素肌の弾力を回復させる働きがあるとされています。
  香りには、ストレスや不安感を和らげる効果もあるとされています。
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ブルーベリー
 ツツジ科の低木性果樹です。実は成熟すると、濃い青紫色になります。この色素は「アントシアニン」と呼ばれる成分で、目の疲れや目の病気に良いと注目されています。
 ただしブルーベリーの中の一品種の「ビルベリー」が、有効成分の「アントシアニン」の含有量が2倍以上あることが分かり、眼精疲労や視力回復、強力な坑酸化、毛細血管の保護に有効とされています。
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 ステピアの葉を食べさせたり、ローズゼラニュウムの化粧水などをふんだんに試用させたりしながら進み、蘭科では『胡蝶蘭』の大規模なものや、『シクラメン』では、種々の変わり種などを観て、最後に別棟のショップに案内される。
 そこでローズゼラニュウム製の化粧水・クリームやビルベリーのジュースなどを巧みに売り込まれる。
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 バスは勝沼 I. C. に戻り大槻J.C.T.から富士五湖道路へ入る。この道路は探鳥のために何回か通っているので、富士山の見える場所へ来たが、その方面だけ雲に覆われて肝心の雄姿が見えない。さっきまでの青空から急に雲が広がり出している。
 河口湖 I. C. で一般道に降り、次の目的地『忍野八海』に着くと、上空半分ほどに雲が広がってきており、雪が散らついている。
 この急な天候の変化に驚き、駐車場から雪の残っている道を、忍野八海の中心部へと重い足取りで行くことにする
 狭い道路に観光客が多数行き来している。特に『湧池』とその周辺にあるお土産屋には観光客が溢れるほどだ。その大半は春節の中国からの観光客だ。
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 一応湧池畔のショップに入ってみたが、凄まじい人混みで何とも落ち着かず、肝心の富士山も見えず、景色も冴えないので、池の中を覗いた程度で引き上げることにする。
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忍野八海 平成25年6月 世界文化遺産登録   
 世界文化遺産構成資産として位置づけられた「忍野八海」の3つの要素 
 ○ 富士山域を背景としてた風致の優れた水景
 ○ 富士山を水源とする地下・地上の豊かな水系
 ○ 富士講と元八湖の再興 (忍草元八湖霊場) 
 元八湖は古くから富士御手洗元八湖として、富士修験の霊場でした。
 富士講の信者は、富士登拝に先立ち、8つの湖沼群において水行を行ったとされ、それぞれ「富士外八湖」、「内八湖」、「富士山根元八湖」として記録に残っています。
  八つの池(現在の忍野八海)は「富士山根元八湖霊場」と名付けられ、略して「元八湖霊場」と言われるようになったとされています。やがて霊場巡拝の信仰が薄らぎ衰退したため 天保14年(1843年)に富士講の一つである大我講の禊ぎの池として、それぞれの池に八大竜王を祀り、石碑にご詠歌を刻み一番霊場の出口池から八番霊場の菖蒲池まで巡礼する道を整備しました。
 こうして元八湖霊場は再興され、多くの道者が浅間神社に参詣した後富士山に登ったと云われています
  昭和40年(1965年)頃から忍野八海の観光が注目されはじめ、昭和60年(1985年)に「全国名水百選」に選ばれたことにより、一層知名度が高まったため観光地化が進み、現在に至っています。      【忍野村役場資料より】
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 次の予定地は、『富士山雪まつり』が行われている『山中湖畔』へと向かう。
 この頃になると、上空はすっかり雲に覆われ、風を伴った雪が激しく降り出し、前方が良く見えない程になってしまった。
 これでは雪まつりの会場でもお客が居るはずは無いと思ったが、バスは予定どおり会場の駐車場へ到着した。
 激しく降る雪に駐車場には車も2台ほどしか見当たらず、しかもここから会場まで少々歩くことになるので、小生はこの近所で山中湖にいる水鳥などを見ることにした。
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山中湖
 湖面の面積は 6.57㎢あり、富士五湖で最大。また、湖面の標高は980.5mと最も高く、日本全国でも3位の高所にあります。
 一方、湖の水深はもっとも浅く、13.3m前後です。湖面の標高がそろって900mである本栖湖・西湖・精進湖の水面よりも山中湖の湖底の方が高いところにあることがわかります。【山中湖観光協会資料より】
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 激しく降る雪に水鳥の姿も少なく、僅かにオオバンとキンクロハジロが見られた程度だった。
 ここからは富士急行の『富士山駅』へと向かい、晴天ならば富士山を見ながら河口湖まで行く電車に乗ることになりました。
 バスは我々を富士山駅の前で下ろし、河口湖駅で我々を待ち合せると云うことになりました。
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 ホームへ上がる手前で気が付いたのは、上の画像右の横断幕です。
 [LAST RUN 2000系 フジサン特急 2000系 さよならキャンペーン]とあります。
 何となくホームをうろちょろしているカメラマンが大勢いるのは、このキャンペーンのためと分かりました。
 そのラスト・ランは、終点の河口湖駅から発車の予定になっているとのことでした。 
 やがて、我々の乗車する河口湖行の普通電車が到着しました。車内はガラガラです。
 晴天ならばここから終着の河口湖駅までの間、富士山が見えると云う趣向でしたが、この雪ではどうにもなりません。
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 河口湖駅に着くと、ホームの反対側にラスト・ランの2000系の電車が止まっていました。駅員が普通電車から降りた乗客を改札の外へ出るようにとマイクで案内しています。
 改札を出ると、この電車に乗るファンで大混雑しています。それが駅舎の外まで長い行列を作っていました。
 この悪天候の中、ファンは長い間待ち続けていたようです。
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 駅前駐車場で待っていたバスに乗り、今日最後の立寄先『河口湖ハーブ館』へ。
 降りしきる雪の中を到着したが、午前中と同じ内容では興味も半減。館内をさらっと見て『大池公園駐車場』のバスへ戻る。
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 かくして長い一日を終え、宿泊先の河口湖温泉は『富ノ湖ホテル』に到着。
 今日のホテルは満員なので、夕食は早めの6時からということになる。
 5階の部屋に入ると、目の前に河口湖が見えているが、雪のため遠望は効かない。これでは楽しみの花火も打上が危ぶまれる。
 夕食は1階のレストランでバイキングスタイル。宿泊客は殆ど中国からの団体客なので、メニューも中国語が併記されている。
 品数は多いが、特徴的なものはあまり無く、適当なものを選んで済ます。外は相変わらず雪が降り続いている。   
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 部屋に戻り、暫くすると雪が小止みになり、対岸の灯りが見えるようになる。7時に花火の打上が決まれば合図の花火を打上げるとのことなので、期待をこめて待っていると、数発が打上げられ予定どおり花火大会が開催されることになる。
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 予定どおり8時から花火大会が始まり、最初は良かったが打上が進むにしたがって、風下のため花火の煙が邪魔をして、半分程しか見えなくなってしまった。そのうちに第2会場からも打上が始まり、こちらは良く見えたが、残念ながら数が少なく、また全体的にスターマイン級のものが少ないので、少しばかり寂しい内容でした。
 それにしても、厳冬期の花火をホテルの部屋から眺められると云う企画には、大いに魅力を感じました
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 長い一日の行事が終わり、部屋と同じ5階にある大浴場で1日の汗を流してベットに入りました。   
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河口湖
 富士五湖の中で最も長い湖岸線(19.08km)を持ち、最も低い標高地点にある。面積は富士五湖では2番目の大きさ(5.48㎢)で、最大水深は精進湖と並び3番目 (15.2m )の深さ。
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 9.20. 新宿(東京パッセンジャー・バス)→ 10.20.談合坂 S .A .10.35.→ 11.30.昼食(信玄館)… 恵林寺 12.15. →
 12.35.ハーブ庭園 旅日記 13.15. → 14.10. 忍野八海 14.50. → 15.10. 山中湖交流プラザ
 (2016 山中湖富士山雪まつり)15.40. → 16.21. 富士山駅(富士急行線)→ 16.27. 河口湖駅 16.30.→
 16.40. 河口湖ハーブ館 17.00. → 17.05. 河口湖温泉・富ノ湖ホテル着(503号室)18.00.夕食(1階レストラン)
 20.00. 花火大会

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