浦鹽斯徳 〔ウラジオストック〕 のプーシキン座に於ける松井須磨子一行と露国俳優の合同演劇
例の松井須磨子と島村抱月氏及其一行たる芸術座の男女俳優総て十一名は大正四年の暮れ大連から哈爾賓 〔ハルビン〕 烏港 〔ウラジオストック〕へと渡りあるき十二月廿四日敦賀港に帰つた。写真は十二月二十一日烏港プーシキン座で興行中の露国小露西亜劇と合同して悲劇刺刀一幕、喜劇競争二幕をやつた時の記念撮影にして第二列の左から五人目が抱月氏八人目が●〔不明〕つて須磨子氏である。須磨子氏は彼地に於ける感想を語つて曰く「外国の旅行は今度が初めてゞす、大連から直ぐ日本に戻る積りでしたが折角此処まで踏出したからには、私等の立場として一つ西伯利亞 〔シベリア〕 気分を味つて帰らうと云ふので急に予定を変更し露領を巡る事に致しました矢張百聞は一見に如かずですね」と抱月氏を顧みて笑居た。
Actress S.Matsui’s party with the Russian players at Vladivostok.
上の写真とその説明は、大正五年三月一日に発行の 『写真通信』 三月号 第廿三号 に掲載されたものである。
問題の御夫婦 島村抱月氏と松井須磨子丈
上の写真は、大正四年九月一日発行の 『女の世界』 九月号 第一巻 第五号 に掲載されたものである。
左1枚:「松井須磨子」 中3枚:〔いずれも説明なし〕 右1枚:「芸術座松井須磨子嬢」