極秘 大正十一年 〔一九二二年〕 出版物の傾向及取締状況(大正十二年三月調) 内務省警保局
下は、その一部。
第一編 最近出版物の傾向
第一章 総説
第一節 概論
第二節 第一期(民本主義より各派社会主義の紹介へ)
第三節 第二期(思想界の二分派)
第四節 第三期(主義の宣伝)
第二章 数字に現はれたる出版物の趨勢
第一節 新聞紙
第二節 単行本
第三章 大正十一年の回顧
第一節 概観
本年は大体から観察すると宣伝時代であり一般的には思想界は尚混沌たる状態を持続してゐることは前述の如くである。然し突き込んで観察して見ると尚幾多の特徴や変遷が指摘し得らるゝ。
第一に工業界の不振から労働争議が比較的少かった為め工場労働者に関する方面は稍平穏であった。然し社会主義者、労働者の経営する新聞紙雑誌は逐年増加する勢ひを示し其の言辞は往年の如く破壊的な、激越な調子はなくとも、真剣な底力のある重味を加へて来たことは事実で假令巧みに鋒芒を顕はさなくとも一般には思想が益々左傾しつゝある。彼の十月初旬大阪に於ける労働者大会は、思想的にも非常に重大な一転機を與へたものでボルシェヴィズムの憧憬や宣伝は愈々隆盛を加へた。殊にロシア革命五周年の記念は労働者間に宣伝する為め重要な役目をした。ボルシェヴィズムに付ては紹介や批評の時代は過ぎて宣伝の時代に遷って居ることが痛切に感ぜられる、彼等に反対する無政府主義的思想も劣らずに宣伝されたが将来も二派相対立して宣伝戦を継続することゝ思ふ。
第二に特に人目を惹くに至ったのは農村問題に関する論説である。これは独り知識階級間に於て論ぜられたるに止まらず社会主義者、労働者の雑誌に最も盛んに掲載せられ、小作争議の実際運動と相俟って社会主義の宣伝は実に目覚しいものがある。
第三には特殊部落民の解放に関する主張である。これは或は本年に於ける特徴の最も顕著なものと言ひ得るかもしれない。殊に当初単に水平線上に出でんことを主とした論調が著しく社会主義的傾向を帯び来り一般無産階級と提携して解放運動に従はんことを強調する様になって来た。
其の他時事問題も相当に賑はった。殊に軍備縮小問題は軍閥攻撃となって思想的に論評せられ其の他内閣更迭に関する批判、長春会議、武器問題等注目すべきものであった。
第二節 社会思想に関する問題
第一項 中間階級問題
第二項 農村問題
第三項 社会主義者労働運動者の経営する新聞紙雑誌の傾向
第一目 概論
第二目 直接行動若くは左傾思想の主張
第三目 軍隊警察官に対する主義の宣伝
第四目 農村に対する主義の宣伝
第五目 特殊部落に対する主義の宣伝 〔下は、その一部〕
水平運動に当って唱ふる歌は大同小異のもの種々あるが、何れも激越な言詞を用ひて居る。左のものは十一年九月十七日禁止された「水平歌」と題する印刷物である。
第三節 婦人の解放と性及性欲問題
第四節 時事問題批評
第二編 出版物取締状況
第一章 行政処分
第一節 総論
第二節 掲載差止事項
曩に一言した如く警察取締の実際取扱として各新聞社に対し或る種の事項の掲載を予め差止めて之を警戒せしめ、之が違反ありたるとき事項の種類性質に依り禁止処分に対し若くは其の描写方法の如何に依り禁止処分に附するを例とする、大正十一年十二月現在の差止事項は左の通りである。
一、年少犯人松山某の宮中闖入に関する事項(一部解除)
一、良子女王殿下御婚約に関連する事項(一部解除)
一、外交調査会の内容に関する事項
一、朝日平吾の斬奸状に関する事項
一、小川信雄自殺の理由並其遺言に関する事項
一、原首相要撃に関連する事項(一部解除)
右六件に止まるが之も当面の問題が少い為二三年前に比して激減した。
第三節 処分件数と類別
第一項 安全秩序紊乱に依る禁止処分
第二項 風俗壊乱に依る禁止処分
第三項 外国出版物の禁止件数
第四項 暦守礼並雑誌の出版禁止
第二章 司法処分
第一節 告発件数及類別
第二節 発行禁止
新聞紙法第四十三條により新聞紙を発行禁止処分に附せられたるものは大正五年以降皆無である。参考の為め従来の分を掲記して見ると左表の通りである。
明治四十年以降発行禁止新聞名
府縣別 題名 発行年月 掲載事項 犯罪種別 発行禁止年月日
東京 平民新聞 四十年三月二十七日 暗ニ貧弱者ノタメ暴動ヲ扇動シ之ヲ実行スルニ当リテハ父母ニ背クモ顧慮スベカラズトノ記事 安寧 明治四十年四月十三日
同 東京社会新聞 四十一年七月廿五日 日本社会主義者ガ僅カニ二十五年ニ三十八名牢獄ニ入リタルハ即チ革命ノ進行ニシテ労働者ノ為メニ祝スルトノ記事
同 民報 四十一年十月十日 社会主義ヲ鼓吹シ現今ノ政府ヲ顛覆シ共和政体建設ヲ主張スル危言ヲ掲載ス 同 明治四十二年三月二十七日
熊本 熊本評論 四十一年八月五日 兵役納税法律等服従ノ義務ハ社会民衆ニ大害アルニ付速ニ廃減ヲ欲スルト記載シ且ツ無政府共産制度ヲ主張シ神田錦輝館ニ於ケル社会主義者ノ暴動ヲ曲疵スル記事 同 明治四十一年十月十日
東京 河南 四十一年十二月二十八日 支那十八省ヲ連ネテ独立シ悪劣政府ヲ摧滅シテ自由ノ幸福ヲ求ムルノ記事 同 明治四十二年二月十日
大阪 滑稽新聞 四十一年八月二十日 現今政府ノ官吏ニ対スル不穏ノ記事 同 明治四十二年三月十六日
東京 滑稽界 四十二年四月一日 卑猥ナル図画及記事
同 世界婦人 四十二年七月五日 現代組織ヲ破壊シ共産主義を鼓吹ス 同 明治四十三年三月廿五日
同 東京 四十三年五月八日 役者買貴婦人征伐 風俗 明治四十四年二月七日
長崎 長崎新聞 四十三年六月八日 昔ノ女今ノ女 皇室尊厳冒瀆 明治四十四年二月廿四日
北海道 北海新聞 自四十三年七月廿四日 至八月廿日 昔ノ女今ノ女 皇室尊厳冒瀆 明治四十四年二月廿四日
東京 萬歳新聞 四十四年五月卅日 衛生問題及読者くらぶ欄 風俗 明治四十五年二月二十六日
大阪 阪南新聞 大正二年六月廿五日 「母ヲ姦シ妹ヲ姦セル医者」「鷹倉藤平妻お豐ノ方」 同 大正二年七月十二日
東京 二六新報 三年一月三十一日 「姦通事件」斬ルベシ奸臣ノ道 安寧 大正三年六月廿九日
大阪 大阪日報 三年六月十八日 同十九日 「女性帝国藤原ノ娘」 皇室尊厳冒瀆
兵庫 名城新聞 三年九月十七日 「戦争廃滅論」「愛国心」「寒心スベキ社会問題」 安寧 大正四年二月四日
山形 山形サンデー 四年三月七日 「談るも涙聞くもあはれな芸者シゲ子の半生」ト題スル孝道破壊ノ記事 風俗 大正四年五月十四日
大阪 大阪繪入新聞 四年十一月廿六日 曽根崎艶話 紅梅ノ蕾 同 大正五年五月十七日
附録
大正十一年中発売頒布禁止処分に附せられたる新聞雑誌名