LEO君と散歩中、頭の中に言葉がぐるぐると回ってくる。キーワードをいろんな角度から見ると大きく変化する。一面的な見方は考え方を狭くする。写真はどうだろう。武蔵境南口にある観禅寺の一本の蓮の花を撮ってみた。
ちょっとアップしてみた。
上から目線だったらどうだろう。
下から大胆に眺めてみよう。
みんな表情が違う。喜んでいる顔、うつむいている顔、強い意志を伝えてくれる顔。
存在:深夜番組だったが見てしまった。久しぶりに自然と涙が流れてきた。可哀想とか同情の涙ではない。俺だったら、当事者だったら・・・。俺は弱い人間だから負けて病気で倒れているだろう。淡々と、「起きたことは仕方ない。辛いこともあったが、普通の生活がちゃんとできているからエエヤないか」という父親の言葉。「街があった、生活があった、命があった」ということを忘れてはいけない。そのために伝えていかなければ。あの日から20年。ここにいてくれるという存在を大事にしないと。後悔しないよう。
年金:高齢者の危機的状況を知っているのだろうか。この不満と不安と孤独。
「35年間払っているのに24万円しかもらえない。税金や光熱費を引くとほとんど残らない」
外見:LEO君は散歩中、「変な人」には必ず吠えて突っかかっていく。何を基準にしているのだろうか。外見か?
生きること:難しい課題だ。なんとなく日々を送っていれば感じることはないのだろう。病気、貧困、事故、介護など自分に負荷がかかってくると「生きる」ことについてぶつかる。
楽しみは:金がないから余裕がない。旅行なんて明日のことはなかなか考えられない。
お題目、念仏の時代は終わった:高齢者の悲鳴が現実となった。孤立している。このままであれば事件・事故はますます増えるだろう。
金メダルを取ることが成功です:オリンピック担当大臣が就任会見で語った言葉。円谷選手の時代から全く変わっていないのだ。
500億円 都民に使え:新国立競技場建設費を東京都も負担しろという。国は何をやっているんだ。都民が反対しよう。