はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
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赤壁に龍は踊る・改 二章 その11 祈りと宴

2025年01月13日 11時37分11秒 | 赤壁に龍は踊る・改 二章



趙雲は運のよいことに、仮家を飛び出してすぐ、それらしい怪しい人物をみつけることができた。
笠を目深にかぶった、砂で汚れた白っぽい衣を着た小柄な人物で、顔や年齢などはわからない。
男だろうことは、腰から尻にかけての体形でわかった。
趙雲が声をかけようとすると、その人物は気づかれたと悟ったのだろう、すぐさま足早に駆けだす。
趙雲も、負けじと駆け出し、仮家から離れた。


怪しい人物は陸口城市《りくこうじょうし》の路地を複雑に通って抜けていき、趙雲をまこうとした。
だが、ここで引き下がる趙雲ではない。
目の良いところを遺憾なく発揮し、怪しい人物が路地へ入れば、自分も路地へついていき、往来に紛れようとすれば、距離を縮めて肩を掴む寸前まで行き、市場に入られても、すぐに相手を見つけて、追いつづけた。


怪しい人物は当初こそ、平然としている様子であったが、いくらまこうとしても、趙雲がしつこく追ってくるので、焦って来たのだろう。
やがて、かれはちらちらと後ろを気にするようになり、市場から抜けると猛然と走り出した。
その勢いは、さに強弓によって放たれた矢のようである。
趙雲も後を追ったが、しかし土地勘があるのは逃げた相手のほうだったらしく、路地を何度か曲がったところで、とうとうまかれてしまった。


相手を見失い、行きついたのは城隍神《じょうこうしん》の廟である。
城隍神とは土地の守り神のことを指す。
どうやらこの陸口でも、厚い信仰をあつめているらしく、老若男女が集まって祈りを捧げている。
焚かれている清々しいお香のかおりをかいでいるうち、せっかくだから、お参りしていくかという気持ちになった。
逃げたやつは、もうとっくにどこか遠くへ行ってしまっているであろうから。


そうして、趙雲は賽銭を払って、戦に勝てますように、生きてわが君の元へ帰れますようにと祈った。
祈りを捧げている者の大半は、街の人間らしく、かれらも熱心に長いこと神の前に立っている。
迫る戦禍から逃れたい一心で、ひたすら祈っているのかもしれなかった。
かれらに交じりつつ祈っているうち、趙雲のこころが、波が引くように、すうっと落ち着いてきた。
劉備や孔明のこともそうだが、長沙の黄忠や、かれに託した孫軟児のことが心配で、気持ちに荒波が立っていたようだ。
子供たちや孫軟児については、きっと黄忠自身がなんとかしてくれる。
そういう、人を安心して任せられる老爺だった。
おれの目に曇りはない、大丈夫だ。


祈ることで、自身がらしくもなく感情的になっていたことに気づき、趙雲は、祈るというのは、たまには良いものだなとさえ思った。
仮家に帰るころには、もう平素の自分になっていて、すっきりした顔で孔明らの前に戻れた、というわけである。





「落ち着けてよかったよ。あなたの言うとおり、漢升《かんしょう》(黄忠)どののことは、きっと大丈夫だ。
あれほど義理堅く、信頼できる人もいないからね」
「そうだな、おまえの言うとおりだ。つい感情的になってしまった。すまなかったな、偉度も」
謝られて意外だったらしく、|胡済《こさい》は、目を丸くした。
「かまいませんよ、気が立つのは仕方ありません……ところで、逃げたやつと言うのは、何者だったのでしょうか」
「そうだな、気になる。何か特徴はあったか?」
孔明がたずねると、趙雲はおのれの顎をさすりつつ、首をひねった。
「いや、特徴らしいものはなかった。ずいぶん体力のあるやつだったな。
あれほど追いかけたのに、まったく足が遅くならなかった。それと、土地勘があるようだった」
「そうなると、周瑜の手の者でしょうか」


周瑜、と聞いて、孔明は眉をひそめた。
どうあれ、表向きは自分たちは味方である。
いまのところは、という条件付きとはいえ、敵ではないのだ。
細作を放たれる筋合いはない。


「どこまで聞かれていたでしょう」
「わからぬ。どちらにしろ、今後は気をつけたほうがよいな」
そして孔明は、すでに人気のなくなった垣根のほうを見やった。





そのうち、韓福《かんぷく》が、食事の支度ができたと言ってきた。
事前に知らせが来ていた通り、うまそうな栗のおこわに、三品ほど小皿がついていて、おかみさんが存分に腕をふるったのがわかる。
箸をつけてみると、どれも大変美味であった。
「これはうまい。栗がほくほくしているうえ、甘さがちょうどいい」
褒めちぎる孔明のとなりで、趙雲も、めずらしく感激して、お代わりをするほどだった。
胡済もご機嫌で、
「苦労して長江を渡った甲斐がありました」
と、箸が止まらぬ様子である。
韓福とおかみさんは、客人が大喜びしてくれているのが誇らしいらしく、奥からどんどん料理を運んでくる。


そのうち酒も持ってきて、みなで楽しく酒盛りとなった。
胡済と飲むのは初めてだったが、かれは顔色一つ変えずに、ぐんぐん吞んでいく。
どうやら、うわばみは、自分だけではないようだ。
御相伴にあずかっていた韓福が、余興をします、と言って、民謡を唄い出し、おかみさんがよしなさい、とたしなめる。
胡済は気を良くして、韓福の民謡に合わせて踊り出した。
踊りの華麗さに、みなはさらに盛り上がって、笑い合う。
その夜は、仮家にいつまでも楽し気な声が絶えなかった。


いまは戦時中だということも、そのときだけは忘れられていた。


二章おわり
三章へつづく



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