はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
牧知花&はさみのなかま名義の作品、たっぷりあります(^^♪

赤壁に龍は踊る・改 三章 その6 三万本の矢

2025年01月19日 10時10分57秒 | 赤壁に龍は踊る・改 三章
「右都督《うととく》が」
と、魯粛が困惑した表情で孔明を見た。
周瑜と程普は当初反目しあっていたが、周瑜が心を込めて和解につとめたので、いまはともに手を取り合って曹操に対峙しているはずである。
しかしまだわだかまりがあるのか、周瑜のいるところへは顔を出したくないらしい。
「そちらの方がおっしゃるとおり、ここは周都督がいらっしゃるところですし、刺客の心配はないでしょう」
孔明はそう魯粛に答え、それから趙雲にも、
「大丈夫だろう、またあとで会おう」
と答えた。
趙雲はしぶしぶというふうだったが、部将に案内されて、魯粛とともに去った。


一方の孔明は、周瑜が待つという部屋へ入る。
そして、はっとなった。
その場には、戦を終えたばかりの周瑜を筆頭に、黄蓋、孫匡《そんきょう》といった主だった武将のほか、陸口《りくこう》に集められた名のある武将らが、ほとんど集まっていたからである。
首実験にしては大仰すぎる。
だいたい部屋を見回しても、血生臭い戦利品は見当たらなかった。


『しまった、子龍と別れなければよかった』
動物的な勘がはたらいて、まずいぞと孔明は構える。
しかし上座にある周瑜は、あいかわらずほがらかで、短い間に身づくろいもすませ、汗も拭き、髪も結いなおした様子で、さっぱりしていた。
孔明が
「お呼びのようですが」
と、伺いをたてると、周瑜は意味の掴みづらい微笑みを浮かべたまま、言った。
「孔明どの、貴殿と劉豫洲《りゅうよしゅう》(劉備)に、どうしても頼みたいことが出来た。受けてもらえぬだろうか」
「ご用件によりますな」
慎重に孔明が答えると、周瑜は、ははは、と愉快そうに声を立て笑う。
「そう構えられずともよい。簡単なことだ。さきほどの戦で、我が方はだいぶ矢を失ってしまった。
曹操は数に頼み、今後も襲ってくるだろう。これを迎撃するためにも、多くの矢がいる。
そこで……おわかりかな」
「わが軍に矢の調達をしてほしいとおっしゃるのですね」
「そのとおり。話が早くて助かる」
周瑜はさらにつづけた。
「三万本の矢が欲しい。頼めるだろうか」


孔明は素早く頭を働かせた。
樊口《はんこう》にいる劉備に連絡し、三万本の矢を調達する。
胡済《こさい》を先に帰してしまわねばよかったなとちらっと思ったが、これはもう取り返しがつかない。
別に使者を立てて、劉備に伺いを立てて、三万本の矢を運んでもらえれば、問題ないだろう。
樊口の劉備たちは、江夏にいる劉琦から、また別に矢を貰えば、戦場で矢が不足する状態にはならないはずだ。


「分かり申した、三万本の矢を用意いたします」
「よろしい、では、十日後に」
虚を突かれ、孔明は思わず目の前の周瑜をまじまじと見た。
ざんねんなことに、冗談を言っている顔ではない。
『十日後だと?』
孔明は、樊口で三万本の矢を集める日数、樊口との往復の日数、それらを計算してみたが、とても十日では間に合わない。
出来ない、と応えようとすると、畳みかけるように周瑜が言った。
「敵はいつまたやってくるか、わからぬからな。ここにいる諸将を証人として、同盟者たる劉豫洲のまごころを示していただく。
三万本の矢は、われらとわれらの劉豫洲を守ってくれるだろう。孔明どの、やってくれるな?」
周瑜ばかりではなく、その場にいる武将たちが、じっと孔明に視線を注いでくる。
こいつはどう答えるだろうかという好奇心と、出来ないと答えたらどうしてくれようという殺気が両方こもった視線だ。


どう計算しても、出来ないものは出来ない。
だが、ここで出来ないと答えたら、周瑜は同盟を破棄するつもりだ。
『どちらが敵かわからぬ。われらは共闘して曹操に当たらねばならないのに』
怒りがこみあげてくるが、多勢に無勢、怒りを面に表すこともできない。
答えはたった一つしか用意されていなかった。
「たしかに、三万本の矢、用意させていただきます」
すると、おお、と部屋中の者たちが感嘆の声をあげた。
孔明が、出来ないと泣きつくだろうと思っていたに違いない。
じわっと、脇と背中に汗がにじむ。
とんでもないことを約束してしまった。


つづく


新ブログ村


にほんブログ村