城につくと、陳到が待ち受けていた。
かれはかれで、城で働く者、あるいは軍兵のなかから、『趙子龍と関わりが薄く、なおかつ文字が書ける者』の絞りこみをしていたのだ。
その膨大な時間を要するはずの作業を、陳到はおどろくほど短時間でやってのけていた。
孔明が素晴らしいと誉めると、常日頃の観察力のおかげ、と陳到は謙遜した。
陳到ほどに、将兵のこころの垣根をかんたんにかき分けて入ってしまう男を、趙雲は知らない。
陳到がその気になれば、相当な地位につけるはずなのだが、しかし本人には、野心というものがまったくなく、むしろ、能力を隠している節さえあるのだった。
「趙将軍と関わりが薄い者など、この城のなかではごくごく少数ですからな。そのうえ、文字を書ける人間ともなりますと、もっと絞られます」
「だれか、めぼしいやつはいたか」
趙雲がたずねると、陳到は残念そうに首を振った。
「だれもかれも賊とは関わりがなさそうです。ただ、気になる話を聞き出すことができました。張飛どのの部隊の兵卒が、こっそり教えてくれた話なのですが」
と、陳到はここでことばを切り、趙雲と孔明を交互に見た。
「話をするまえに、その兵卒を罰しないと約束してくださいませぬか」
「なにか咎めなければならないことをしたのですか」
孔明が問うと、陳到は、いえいえ、と首を振った。
「そうではなく、咎めなければならないことをしようとしたのです。でもそうしなかった。この話を聞きだすのは、たいへん苦労をいたしまして。もしあの兵卒がわたしのせいで罰を受けるようなことになると、わたしの立場がなくなります」
「ふむ、ならば大丈夫。罰を受けるようなことをおもっただけならば咎めません」
「そうですか、ならばお話しましょう。その兵卒は張飛どのの部隊にいたのですが、ご存知の通り、張飛どのの調練の苛烈なことは、新野でも随一。兵卒たちのなかでも気の弱い者はすっかり参ってしまいまして、毎日逃げよう、逃げようとおもっていたそうなのでございます」
陳到のはなしに、趙雲はおどろいた。
軍から逃げようとした、などという下手をすれば自分だけではなく、家族までその罪のために連座させられるかもしれない話を、その兵卒とやらが陳到を信頼してした、ということに。
こいつの情報収集力は、やはり図抜けているな、と感心しつつ、趙雲は先をうながした。
「それからどうした」
「はい、そうしましたら、ある日、新入りが声をかけてきまして、一緒に逃げないか、というのです。もちろん、簡単にいく話ではないので、その兵卒は新入りの話を冗談だろうとおもって聞き流していたのですが、やがて、部隊のなかで、あの新入りは逃亡の手助けをしてくれるらしい、という話がひろまったそうです。それで、兵卒も新入りの話をじっくり聞く気になったとか。
新入りが言うには、いま、新野には戦を避けて暮らせる場所を用意してくださるありがたいお方がいらっしゃる。その方のところにまで行けば、戦を知らずに生きていける、というのです。そのありがたいお方は、いま新野のとある家に留まっているのだとか。じきに新野を出るから、急いで決断をするように、と促されたのだそうです」
つづく…
かれはかれで、城で働く者、あるいは軍兵のなかから、『趙子龍と関わりが薄く、なおかつ文字が書ける者』の絞りこみをしていたのだ。
その膨大な時間を要するはずの作業を、陳到はおどろくほど短時間でやってのけていた。
孔明が素晴らしいと誉めると、常日頃の観察力のおかげ、と陳到は謙遜した。
陳到ほどに、将兵のこころの垣根をかんたんにかき分けて入ってしまう男を、趙雲は知らない。
陳到がその気になれば、相当な地位につけるはずなのだが、しかし本人には、野心というものがまったくなく、むしろ、能力を隠している節さえあるのだった。
「趙将軍と関わりが薄い者など、この城のなかではごくごく少数ですからな。そのうえ、文字を書ける人間ともなりますと、もっと絞られます」
「だれか、めぼしいやつはいたか」
趙雲がたずねると、陳到は残念そうに首を振った。
「だれもかれも賊とは関わりがなさそうです。ただ、気になる話を聞き出すことができました。張飛どのの部隊の兵卒が、こっそり教えてくれた話なのですが」
と、陳到はここでことばを切り、趙雲と孔明を交互に見た。
「話をするまえに、その兵卒を罰しないと約束してくださいませぬか」
「なにか咎めなければならないことをしたのですか」
孔明が問うと、陳到は、いえいえ、と首を振った。
「そうではなく、咎めなければならないことをしようとしたのです。でもそうしなかった。この話を聞きだすのは、たいへん苦労をいたしまして。もしあの兵卒がわたしのせいで罰を受けるようなことになると、わたしの立場がなくなります」
「ふむ、ならば大丈夫。罰を受けるようなことをおもっただけならば咎めません」
「そうですか、ならばお話しましょう。その兵卒は張飛どのの部隊にいたのですが、ご存知の通り、張飛どのの調練の苛烈なことは、新野でも随一。兵卒たちのなかでも気の弱い者はすっかり参ってしまいまして、毎日逃げよう、逃げようとおもっていたそうなのでございます」
陳到のはなしに、趙雲はおどろいた。
軍から逃げようとした、などという下手をすれば自分だけではなく、家族までその罪のために連座させられるかもしれない話を、その兵卒とやらが陳到を信頼してした、ということに。
こいつの情報収集力は、やはり図抜けているな、と感心しつつ、趙雲は先をうながした。
「それからどうした」
「はい、そうしましたら、ある日、新入りが声をかけてきまして、一緒に逃げないか、というのです。もちろん、簡単にいく話ではないので、その兵卒は新入りの話を冗談だろうとおもって聞き流していたのですが、やがて、部隊のなかで、あの新入りは逃亡の手助けをしてくれるらしい、という話がひろまったそうです。それで、兵卒も新入りの話をじっくり聞く気になったとか。
新入りが言うには、いま、新野には戦を避けて暮らせる場所を用意してくださるありがたいお方がいらっしゃる。その方のところにまで行けば、戦を知らずに生きていける、というのです。そのありがたいお方は、いま新野のとある家に留まっているのだとか。じきに新野を出るから、急いで決断をするように、と促されたのだそうです」
つづく…