はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
牧知花&はさみのなかま名義の作品、たっぷりあります(^^♪

うつろな楽園 その24

2013年09月17日 09時18分36秒 | 習作・うつろな楽園
城につくと、陳到が待ち受けていた。
かれはかれで、城で働く者、あるいは軍兵のなかから、『趙子龍と関わりが薄く、なおかつ文字が書ける者』の絞りこみをしていたのだ。
その膨大な時間を要するはずの作業を、陳到はおどろくほど短時間でやってのけていた。
孔明が素晴らしいと誉めると、常日頃の観察力のおかげ、と陳到は謙遜した。
陳到ほどに、将兵のこころの垣根をかんたんにかき分けて入ってしまう男を、趙雲は知らない。
陳到がその気になれば、相当な地位につけるはずなのだが、しかし本人には、野心というものがまったくなく、むしろ、能力を隠している節さえあるのだった。

「趙将軍と関わりが薄い者など、この城のなかではごくごく少数ですからな。そのうえ、文字を書ける人間ともなりますと、もっと絞られます」
「だれか、めぼしいやつはいたか」
趙雲がたずねると、陳到は残念そうに首を振った。
「だれもかれも賊とは関わりがなさそうです。ただ、気になる話を聞き出すことができました。張飛どのの部隊の兵卒が、こっそり教えてくれた話なのですが」
と、陳到はここでことばを切り、趙雲と孔明を交互に見た。
「話をするまえに、その兵卒を罰しないと約束してくださいませぬか」
「なにか咎めなければならないことをしたのですか」
孔明が問うと、陳到は、いえいえ、と首を振った。
「そうではなく、咎めなければならないことをしようとしたのです。でもそうしなかった。この話を聞きだすのは、たいへん苦労をいたしまして。もしあの兵卒がわたしのせいで罰を受けるようなことになると、わたしの立場がなくなります」
「ふむ、ならば大丈夫。罰を受けるようなことをおもっただけならば咎めません」
「そうですか、ならばお話しましょう。その兵卒は張飛どのの部隊にいたのですが、ご存知の通り、張飛どのの調練の苛烈なことは、新野でも随一。兵卒たちのなかでも気の弱い者はすっかり参ってしまいまして、毎日逃げよう、逃げようとおもっていたそうなのでございます」

陳到のはなしに、趙雲はおどろいた。
軍から逃げようとした、などという下手をすれば自分だけではなく、家族までその罪のために連座させられるかもしれない話を、その兵卒とやらが陳到を信頼してした、ということに。
こいつの情報収集力は、やはり図抜けているな、と感心しつつ、趙雲は先をうながした。
「それからどうした」
「はい、そうしましたら、ある日、新入りが声をかけてきまして、一緒に逃げないか、というのです。もちろん、簡単にいく話ではないので、その兵卒は新入りの話を冗談だろうとおもって聞き流していたのですが、やがて、部隊のなかで、あの新入りは逃亡の手助けをしてくれるらしい、という話がひろまったそうです。それで、兵卒も新入りの話をじっくり聞く気になったとか。
新入りが言うには、いま、新野には戦を避けて暮らせる場所を用意してくださるありがたいお方がいらっしゃる。その方のところにまで行けば、戦を知らずに生きていける、というのです。そのありがたいお方は、いま新野のとある家に留まっているのだとか。じきに新野を出るから、急いで決断をするように、と促されたのだそうです」

つづく…

うつろな楽園 その23

2013年09月16日 08時59分53秒 | 習作・うつろな楽園
「おおいに。最初の書状を子龍どの宛に持って行ったのは、『虞美人楼』の美少女・睡蓮でまちがいないでしょう。睡蓮は、店の秘蔵っ子で、長く店の中に隠されていたので、街の人間も、かのじょを見かけたことが少なかった」
「睡蓮が賊に関わっているというのだな。となると、店から消えたのは、自分で姿を隠したのか」
「春蕾が教えてくれたように、上品な痩せぎすの二十五くらいのおとなしい客が、睡蓮の失踪に関わっていると見てよいでしょう。張飛どのが黄石公橋のうえから忽然と消えたように、その『客』には、なんらかの手段があって、人をその場から消すことができるのです」
「どういう手段で」
「それはわたしにもわかりませんが、尋常ならざる手段でまちがいないでしょう。睡蓮はともかく、張飛どのをさらえるほどの手段なのですから」
「そうだな、睡蓮ならわかるが、張飛はふつうでは無理だ」
「『上品な痩せぎすの二十五くらいのおとなしい客』は隠れ里のなかでは、里長のような役目を担っている重要人物とみてまちがいありません。かねてより新野に出入りしていたのでしょう。ついでに、『虞美人楼』に寄って飲んでいたところ、睡蓮と出会った。睡蓮は売られてきた娘で、店で客をとらねばならない自分の未来に不満を持っていた。そんな睡蓮を、その『上品な痩せぎすの二十五くらいのおとなしい客』が口説き落とし、かのじょを店から連れ出した。
その後、なんらかの理由があって、大量の兵糧が必要となった。かれは新野城の兵糧に目をつけ、人質をとって兵糧をせしめる作戦をとった。人質としてさいしょに子龍どのを狙ったのは、おそらく、その客は、子龍どのを知っていて、さらいやすかったからなのでしょう。あるいは、子龍どのなら、話せばわかるとおもっていたのかもしれない。
ところが、作戦はハナからうまくいかず、子龍どのの代わりに、張飛どのをさらうことになってしまった。そして、さらに睡蓮に脅迫文を持たせた。そこでわれらがおとなしく兵糧を渡せばよし、渡さなかった場合は」
「場合は?」
「ご想像のとおり」
「殺される、と? しかし、賊は、変な言い方だが、話のわかるおれを選ぼうとしているあたり、『平和的に』行動しているように見える。なのに、ここへ来て、張飛を殺したりするだろうか」
「人質をとって、兵糧をせしめようとする発想自体が暴力的です。賊が子龍どのを釣れなくても作戦を変えなかった、つまりはそれほどまでに切羽詰っているということを考慮しなければなりません。張飛どのが力あるものにかんたんに靡く呂布のような変節漢だというのならともかく、かれは主公の義兄弟で人一倍忠節に厚い。味方につけられない、なおかつ役に立たない人質を大切にする理由はない」
「今夜の初更の取引が失敗したら、そうとうにマズイというわけだな」
「そうです。あらためて尋ねますが、『上品な痩せぎすの二十五くらいのおとなしい客』におぼえは?」
「聞かれるとおもって、さっきからかんがえていたのだが、情報が漠然としすぎていて心当たりを絞れない。これまで知り合ったなかに、そういうやつが何人かいる。だが、そいつが新野の近在の隠れ里にいるかどうかはわからん」

孔明は、そうなると、やはり、『虞美人楼』でいま描いてもらっている似顔絵が決め手になるな、とつぶやいて、またせかせかとした足取りで、新野城へ向かいはじめた。

つづく…

うつろな楽園 その22

2013年09月15日 09時13分22秒 | 習作・うつろな楽園
蔡夫人、と聞いて、趙雲は、はなしが、あまりいい方向に行かないだろうことを察した。
というのも、劉備は劉州牧こと劉表の前妻の子である劉の後見人で、孔明もまた、劉を押す一派と誼を通じ、樊城の内情を探っている。
一方の後妻の蔡夫人は、自分の産んだ子である劉をどうしてもつぎの荊州牧に仕立て上げようと躍起になっており、劉のことはもちろん、後見人の劉備のことをよくおもっていない。
その蔡夫人と血縁関係のある女が妻である、というのは、孔明がややこしい立場に立たされているということである。

涼しげな顔をして、なかなか苦しいものを抱えていたのだな、と同情しかけた趙雲だが、すぐに気づいた。
「妻が「おりました」?」
「主公がわたしの家にはじめて来て、数日経ったころでしたか。わたしは留守にしていたのですが、帰ってみると、妻の姿がない。代わりに置手紙があって、婚姻関係をつづけるのは、わたしのためにならないから、家を出る、というのです。てっきり黄家に帰ったのかとおもい行ってみても、妻の姿はない。黄家のほうでも、妻を探しているというのです。半年経っても、妻の消息はまったくつかめませんでした。なかば諦めかけていたところへ、妻が『塢』のようなところにいるらしい、という噂を耳にしたのです」
「『塢』のようなところにいるらしい、とは、ずいぶんあいまいな噂だな」
「噂とは得てしてそういうものでしょう。ともかく、妻がこの近在の隠れ里に身をひそめていることはわかりました」
「では、なぜ春蕾に消息を聞いた? 奥方が、あのような苦界に身を沈めている可能性もあるわけか」
「一銭も持たずに家を出ているので、その心配もあったのです」
「言いづらいが、さきほどの話だと、なみの女人よりも背が高く色黒だとか。ならば、妓女になっている可能性は低いのではないか」
「物好きはわたしだけではないとおもうのですが。顔はまずまずきれいなほうで、万が一、ということもあったのです」
「ふむ、奥方が行方不明というのは心配だな。しかし、今日まで隠れ里を探さなかったのはなぜだ」
「隠れ里は隠れ里というだけあって、どこにあるのか、かんたんには見つけることができませんよ」
「まあ、たしかに」
「そうこうしているうちに、戸籍逃れをしている男たちが、やはり『塢』のようなところに向かっているということがわかりました。隠れ里はまちがいなく存在するわけです。さて、あとは探せばよいだけですが、私事のために新野の貴重な人手を割くわけにも参りませぬ。どうしたものかと思案していたところへ、今回の事件が起こった、というわけです」
「ふむ、国境をこえて流民が新野に入ったという情報もない以上、大量の兵糧が必要なのは、どこかの隠れ里の人間ではないか、と推理したのだったな」
「そのとおり。おそらく、張飛どのをさらったのは、隠れ里の人間だとおもわれます」
「『虞美人楼』で聞いた話は参考になるか」

つづく…

うつろな楽園 その21

2013年09月14日 14時21分11秒 | 習作・うつろな楽園
「高い金をはらって? 膝枕のために?」
うそだろう、という疑いのこめられたことばに、趙雲は決然と言った。
「男女七歳にして席を同じうせずというではないか。ふつうの女とまともに話すにしても、すぐに見咎められる世の中だ。ましてや、妓楼にとらわれているあの娘と、外で会うなどということは不可能だ。なら、仕方ない、たのしいおしゃべりをするためだけでも、おれは金を払うのさ。軍師もわかったとおもうが、あれは妓女などさせておくのは惜しいほどに頭がいい。話をしていると、とてもたのしい。さいしょこそ、おれはあの娘にのぼせあがっていたが、いまは、妹を持ったようなつもりで通っているのだ」
一気にしゃべってから、笑われるかな、とおもったが、孔明は笑わずに、ふんふん、と納得したように何度もうなずいた。
そして、真面目な顔をしていう。
「子龍どのは、女人にもやさしいのですね」
「あたりまえだ。男だって人間だ。女の腹の中から生まれたものだ。女は敬愛しなくてはならぬ」
孔明はおどろいたように眼をひらいて、なるほど、と相槌を打った。
「子龍どののおっしゃるとおりだ。われらは女人の腹から生まれたもの。女らを尊重しなくてはなりませぬ。しかし、それではなおさら、あの娘を大切にしなくてはならないのでは」
「そうさ。好きな男がいるのに、妓女であるがゆえに、ほかの男の相手をしなくてはならない。だが、おれがあいつの時間を買っているあいだは、ほかの男は手出しをできない。あいつもすこしは休めるだろう。そうおもっているのだが、女のほうとしては、そういう気遣いは鬱陶しいものなのだろうか。おれは疎いので、そういったことがよくわからぬ」
「だいじょうぶ、その気遣いは届いていることでしょう。春蕾も、もったいない。なぜ子龍どのを選ばないのでしょうか」
「そこはそれ、おれは一寸の土地も所有しておらぬ流れ者のはしくれであるし、それに、もう年だ」
「たしか今年で三十四になられるのでしたか。それなのに、もう老境に入ったようなことを言われる」
「十九の娘からすれば、三十四の男は年寄りだろう」
そういうと、孔明は形のよい眉をぎゅっとしかめた。
「それはご自分をあまり低く見すぎなのではありませんか。お世辞抜きに、子龍どのはお若い」
「それはどうも。おれから言い出したことだが、この件は、ほかの者には秘密にな」
と釘を刺しつつも、趙雲は、やはりこの青年軍師には、ついつい気をゆるしてしまうところがあるのだな、と感じていた。
人見知りする春蕾と同様に、趙雲も人見知りをするほうである。
なのに、知り合ってまだ一ヶ月あまりの相手に、自分のいちばん個人的な話をしている。それがふしぎだった。
だが、不愉快な感じはしない。

「春蕾のことはよい。さいごの質問の意味をおれに教えてくれぬか」
すると、孔明は、ひとりごとのように、子龍どのが正直に話をしてくださいましたから、と前置きをつぶやいてから、言った。
「わたしには妻がおりました。名を黄月英と申します。樊城におります劉州牧の後妻・蔡夫人の姪にあたる女です」

つづく…

うつろな楽園 その20

2013年09月13日 09時45分21秒 | 習作・うつろな楽園
「それなんですの、睡蓮はお客さんに舞を披露していたんですけれども、呼ばれた部屋から帰ってくる途中で、姿が見えなくなったんですわ。お気づきでしょうけれど、この建物は入り組んでおりますから、どこかに隠れているのかもしれないといって、みんなで探したんですけれど、とうとう見つかりませんでした。そして、それっきりなのです。
あれだけきれいな子ですから、悪いお客につかまって、かどわかされたのかもしれないと、みんなで話しておりました。でも、店の入り口はいつもだれかが見ております。睡蓮をかどわかして店から出るなんて芸当、なかなかできるものじゃありませんわ」
「なるほど、たしかに奇妙なお話ですね。ところで、睡蓮はいくつだったのです」
「今年の正月で十四です。なんでも、樊城の郊外の農家から売られてきたそうですわ」
孔明は、あきらかに痛ましそうな顔をした。
それにつられたのか、めずらしく春蕾も素顔をみせて、孔明の感傷に釘を刺すように、この世界ではめずらしい話じゃございませんのよ、と口添えした。

あらかたの話は聞き終わったので、趙雲が席を立とうとすると、孔明がさらに口をひらいた。
「ところで、この界隈に背の高くて色の黒い女が出入りしているという話は聞きませぬか」
「まあ、背が高い? どれくらいですの」
「六尺五寸くらい」
「女の方にしてはのっぽさんですわね。あいにくですけれど、そういった方のうわさは聞いたことがありませんわ」
「では、月英という名前に聞き覚えは」
「いいえ、ありませぬ。お役に立てず申し訳ございませぬ」
春蕾が頭をさげると、孔明は失望を見せつつも、春蕾に礼を言って、その場を辞去した。






「さいごの質問の意味はなんだ」
孔明のさいごの質問は、あまりに唐突な質問だったので、趙雲がたずねてみたのだが、当の孔明はむずかしい顔をして歩きつづけるばかりで答えない。
ふと目線を感じてふりかえると、『虞美人楼』の最上階の欄干から、春蕾がこちらに手を振っているのが見えた。
おなじく手を振りかえしつつ、閉じ込められた、飛べない蝶。
そんなことばを頭の中で浮かべた。
春蕾を見るたび、趙雲はなんとかしてやりたいとおもう。
だが、そうできない事情があるのだ。

「子龍どのは独り身でしたね」
趙雲は察しのいいところを見せて、その次にくる孔明のことばに先に答えた。
「なぜ春蕾といっしょにならないのか、という話なら、先に説明させてくれ。まずひとつ、春蕾は大金で買われてきた女だ、あれを妻にするためには相当な金を妓楼に払わねばならぬ。おれにはざんねんながら大金を用意できるほどの甲斐性がない。もうひとつ、金ができたら一緒になろうと春蕾に言ったことがある。答えは否、だった。あの娘には、ほかに好きな男がいるのだそうだ」
案の定、となりをせかせかした早足で歩く孔明は、非難すべきか同情すべきか困っているような複雑な顔をみせた。
「つぎの軍師のことばもだいたい予想できる。なぜ、ほかに想い人のいる女に会いにいくのか? 答えは簡単、おれのほうに未練があるからだ。といっても、言い訳させてもらうが、好きな男がいると聞いた時点で、おれは春蕾に手を出すのをやめた。あの娘に会いに行くのは、たんに膝枕してもらうだけに行くのさ」

つづく…

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