「ほかに、変わったことはありませぬか、たとえば、さいきん客が増えたとか、減ったとか」
「増えもしませぬが、減りもしておりませぬ。ああ、でも、減ったといえば」
ぱん、と両方の手のひらを合わせて、春蕾はなにかを思い出した。
そして、趙雲のほうに向いていう。
「子龍さまもご存知でしょう、この店にきたばかりの子で、名前を睡蓮というのですけれど、その子がいなくなってしまったんですの」
睡蓮、と聞いて、趙雲は、いつも春蕾のそばに侍していた、気品のあるうつくしさを持った少女のことをおもいだしていた。
睡蓮の名にふさわしい、みずみずしい印象の少女。
しかしいつも暗い顔をしてうつむいており、まともに顔をあげるのは、舞を踊るときくらいなものだった。
踊りが上手だったかというとそれは微妙な感じで、あまり目の肥えていない趙雲にも、睡蓮が音楽にのって、めちゃくちゃに部屋をまわって、やたらと長袖をぶんぶん振り回しているだけに見えた。
要するに、睡蓮には、芸妓の才能がとぼしかった。
しかし、とびきり美しい少女だったので、記憶にあったのである。
「あの子はうちのおとうさん(妓楼のあるじ)の秘蔵っ子でしたのよ。あの子自身には、あまりここは居心地のよいところではなかったようで、いっつもふて腐れてばかりいましたっけ。まだお客さんをとっていないのですけれど、きれいな顔をしていたものですから、だいぶ評判になっていて、あの子を目当てに通ってくる方も何人かいらっしゃいました」
「その客のなかで、睡蓮がいなくなってから来なくなった客はいないだろうか」
「そうですわねえ、そういわれてみれば、ひとり、さいきん見なくなった方がいらっしゃいますわ。上品な感じのひとで、骨と皮くらいに痩せております。年頃は、二十五くらい。おとなしい、女の子たちにも無茶な要求をしない方でした。子龍さまくらいにおやさしくて。その方が、睡蓮に熱をあげていたのですけれど、あの子がいなくなってからは、見なくなりましたわ」
「名前はわからないでしょうか」
「こういったところに来る方は、偽名を使われる方もおおぜいいらっしゃいますので」
要するに、わからない、ということだろう。
「その男の似姿を絵にすることはできますか」
「絵の得意な子が相手をしておりましたから、その子にいえば、夕刻までに絵を描くことはできますわ。描き終わったら、すぐにお城に届けさせます」
そこまで答えてから、春蕾は不安そうに顔をくもらせる。
「そのお客さんがなにか」
「いいえ、まだわかりませぬ」
「睡蓮も関係しておりますの」
「それもまだわかりませぬ。ところで、こういった店では、娘たちが外に出ないように厳しく見張っているものでしょう。なのに、よく睡蓮は外に出られましたね」
つづく…
「増えもしませぬが、減りもしておりませぬ。ああ、でも、減ったといえば」
ぱん、と両方の手のひらを合わせて、春蕾はなにかを思い出した。
そして、趙雲のほうに向いていう。
「子龍さまもご存知でしょう、この店にきたばかりの子で、名前を睡蓮というのですけれど、その子がいなくなってしまったんですの」
睡蓮、と聞いて、趙雲は、いつも春蕾のそばに侍していた、気品のあるうつくしさを持った少女のことをおもいだしていた。
睡蓮の名にふさわしい、みずみずしい印象の少女。
しかしいつも暗い顔をしてうつむいており、まともに顔をあげるのは、舞を踊るときくらいなものだった。
踊りが上手だったかというとそれは微妙な感じで、あまり目の肥えていない趙雲にも、睡蓮が音楽にのって、めちゃくちゃに部屋をまわって、やたらと長袖をぶんぶん振り回しているだけに見えた。
要するに、睡蓮には、芸妓の才能がとぼしかった。
しかし、とびきり美しい少女だったので、記憶にあったのである。
「あの子はうちのおとうさん(妓楼のあるじ)の秘蔵っ子でしたのよ。あの子自身には、あまりここは居心地のよいところではなかったようで、いっつもふて腐れてばかりいましたっけ。まだお客さんをとっていないのですけれど、きれいな顔をしていたものですから、だいぶ評判になっていて、あの子を目当てに通ってくる方も何人かいらっしゃいました」
「その客のなかで、睡蓮がいなくなってから来なくなった客はいないだろうか」
「そうですわねえ、そういわれてみれば、ひとり、さいきん見なくなった方がいらっしゃいますわ。上品な感じのひとで、骨と皮くらいに痩せております。年頃は、二十五くらい。おとなしい、女の子たちにも無茶な要求をしない方でした。子龍さまくらいにおやさしくて。その方が、睡蓮に熱をあげていたのですけれど、あの子がいなくなってからは、見なくなりましたわ」
「名前はわからないでしょうか」
「こういったところに来る方は、偽名を使われる方もおおぜいいらっしゃいますので」
要するに、わからない、ということだろう。
「その男の似姿を絵にすることはできますか」
「絵の得意な子が相手をしておりましたから、その子にいえば、夕刻までに絵を描くことはできますわ。描き終わったら、すぐにお城に届けさせます」
そこまで答えてから、春蕾は不安そうに顔をくもらせる。
「そのお客さんがなにか」
「いいえ、まだわかりませぬ」
「睡蓮も関係しておりますの」
「それもまだわかりませぬ。ところで、こういった店では、娘たちが外に出ないように厳しく見張っているものでしょう。なのに、よく睡蓮は外に出られましたね」
つづく…