はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
牧知花&はさみのなかま名義の作品、たっぷりあります(^^♪

うつろな楽園 その19

2013年09月12日 09時59分08秒 | 習作・うつろな楽園
「ほかに、変わったことはありませぬか、たとえば、さいきん客が増えたとか、減ったとか」
「増えもしませぬが、減りもしておりませぬ。ああ、でも、減ったといえば」
ぱん、と両方の手のひらを合わせて、春蕾はなにかを思い出した。
そして、趙雲のほうに向いていう。
「子龍さまもご存知でしょう、この店にきたばかりの子で、名前を睡蓮というのですけれど、その子がいなくなってしまったんですの」

睡蓮、と聞いて、趙雲は、いつも春蕾のそばに侍していた、気品のあるうつくしさを持った少女のことをおもいだしていた。
睡蓮の名にふさわしい、みずみずしい印象の少女。
しかしいつも暗い顔をしてうつむいており、まともに顔をあげるのは、舞を踊るときくらいなものだった。
踊りが上手だったかというとそれは微妙な感じで、あまり目の肥えていない趙雲にも、睡蓮が音楽にのって、めちゃくちゃに部屋をまわって、やたらと長袖をぶんぶん振り回しているだけに見えた。
要するに、睡蓮には、芸妓の才能がとぼしかった。
しかし、とびきり美しい少女だったので、記憶にあったのである。

「あの子はうちのおとうさん(妓楼のあるじ)の秘蔵っ子でしたのよ。あの子自身には、あまりここは居心地のよいところではなかったようで、いっつもふて腐れてばかりいましたっけ。まだお客さんをとっていないのですけれど、きれいな顔をしていたものですから、だいぶ評判になっていて、あの子を目当てに通ってくる方も何人かいらっしゃいました」
「その客のなかで、睡蓮がいなくなってから来なくなった客はいないだろうか」
「そうですわねえ、そういわれてみれば、ひとり、さいきん見なくなった方がいらっしゃいますわ。上品な感じのひとで、骨と皮くらいに痩せております。年頃は、二十五くらい。おとなしい、女の子たちにも無茶な要求をしない方でした。子龍さまくらいにおやさしくて。その方が、睡蓮に熱をあげていたのですけれど、あの子がいなくなってからは、見なくなりましたわ」
「名前はわからないでしょうか」
「こういったところに来る方は、偽名を使われる方もおおぜいいらっしゃいますので」
要するに、わからない、ということだろう。
「その男の似姿を絵にすることはできますか」
「絵の得意な子が相手をしておりましたから、その子にいえば、夕刻までに絵を描くことはできますわ。描き終わったら、すぐにお城に届けさせます」
そこまで答えてから、春蕾は不安そうに顔をくもらせる。
「そのお客さんがなにか」
「いいえ、まだわかりませぬ」
「睡蓮も関係しておりますの」
「それもまだわかりませぬ。ところで、こういった店では、娘たちが外に出ないように厳しく見張っているものでしょう。なのに、よく睡蓮は外に出られましたね」

つづく…

うつろな楽園 その18

2013年09月11日 09時25分28秒 | 習作・うつろな楽園
「さいきん、変わったことはないか」
「まあ、変わったこと、ですか」
いつも人の気持ちを先回りしているようなところのある春蕾である。
趙雲の前置きのなにもないことばに、なにごとかが起こったのだとすぐに理解したようだ。
どうかなさったのですか、といった、野暮なことは聞いてこなかった。
「とりたてて、変わったことはございませぬ」
「さいきんやってきた客のなかに、子龍どののことを尋ねてきた客はありませぬか」
孔明の問いに、春蕾は不安そうにしながらも、首を横にひねった。
趙雲は彼女の、その首をひねる仕草が、うなじから肩の線がきれいに見えるので気に入っているのだが、いまはそれを気にかけている場合ではない。
「いいえ、ございませぬ」
「ふむ、では、それ以外で、なにか変わったことはありませぬか。なんでもよいのです、そこの窓から見ていて、やってくるわたしたちをすぐに見つけたように、あなたは毎日、そうやって外をながめていらっしゃるのでしょう。それに、この店のいちばんの売れっ子だというのなら、街のおかしな噂にも通じているはず」

春蕾が化粧をしてあらわれた理由がわかった。
彼女は、趙雲たちが城からまっすぐこちらに向かってくるのを窓から見ていたのである。
それで、すぐに化粧をして出てきたのだ。
とはいえ、それほど時間もなかったろうに、完璧に装ってくる、その手際のよさを想像し、趙雲はあらためて感服した。
そして、それをすぐに見破った孔明にもおどろいた。

春蕾はころころとまた笑って、やっぱりこわい方だわ、などと言いながら、つづけた。
「たまに、おれが天下をとるのだ、なんていうほら吹きのような方がいらっしゃいますけれど、そういうおもしろい方は関係ないでしょうね。だって、その方、身元がちゃんとしてらっしゃいますもの。ほかに、そうですわねえ、おかしな噂といえば、旅人を食べてしまう宿屋がある、という噂を聞いたことがありますわ」
「旅人を、食べる?」
「ええ。おそろしい話ですわ、この新野のどこかに、人喰いのいる宿があるのですって。それをしらずにうっかり泊ってしまった客は、宿屋に入っていくけれど、二度と出てこない、骨すら残らず食べられてしまう、という噂ですわ」
「その話をだれから聞いたのです」
「だれという話でもありませぬ。みんなが知っておりますわ。よくお客さんが冗談でいいますの、この妓楼は人喰い宿じゃないだろうね、って。おどかしてやりたくて、ええ、そうですわよって言ってやることもありますわ」
そのときの客の面食らった顔を想像したのか、春蕾はまた声をたてて笑った。
その笑顔を見ながら、春蕾が初対面の人間に、これほどくつろいだ様子を見せるのはめずらしいなと趙雲はおどろいていた。
春蕾は妓女などをしているが、その性質はじつは内気で、人見知りであることを趙雲は知っている。
趙雲も、はじめて彼女に会ったときは、つんとした対応をされたものだ。
孔明が遊びに来た客ではないからだろうか。
それとも、孔明の清潔感のある透明な雰囲気が、春蕾を安心させているのだろうか。

春蕾の屈託のない笑い声に合わせて孔明も笑う。
そして、ひとしきり笑ったあと、ふたたび質問をつづけた。

つづく…

うつろな楽園 その17

2013年09月10日 09時24分22秒 | 習作・うつろな楽園
場所が場所だけに、部屋が細かく区切られ、衝立であちこち隠されている。
調度品は夜見ると、そんなものかとおもっていたが、こうして日の高いうちに見ると、どれも見事に派手でどきりとするほど色っぽく仕立てられていた。
高級妓楼だけあって、細部にわたって隙がない。
焚かれている香も、それで肺をいっぱいに満たしたくなるような心地のよいにおいであった。
すでに遊びに来ている客が何人かいるようで、おんなの手による音楽が、どこからか聞こえてくる。

その、どこか哀愁を帯びたひびきに耳をかたむけつつ廊下を歩いていると、となりにいる孔明がちいさく言った。
「さすが、はやっている店だけあって、美少女がそろっておりますね」
美少女といえば、最初の手紙を持ってきたのがそうである。
趙雲は、この妓楼に関しては、自分を裏切るまねはしないだろうとおもっていたが、そも、その確信はほとんど根拠がないのであった。
『虞美人楼』には、趙雲ばかりではなく、おおくの新野城の要人がおとずれる。
店としては、新野城の人間を敵にまわすことは、商売ができなくなることと同義のはずで、だからこそ、趙雲は店の人間が今回の件にかかわっていないだろうとおもっていた。
だが、この店のことは張飛との会話でたびたび出ていた。
意外にも恐妻家の張飛は、こうした店に出入りできないでいる。
短い会話の中で、『虞美人楼』に行った、とおしえると、張飛は子供のような顔をして、うらやましい、うらやましいと言ったものだ。
昨日にかぎって、急に思い立ち、『虞美人楼』にあらわれたということはないだろうか。そしてこの部屋のどこかで酔いつぶれている可能性……と、そこまでかんがえて、趙雲は、そうなると脅迫状の意味がわからなくなることにすぐに気づいた。
何者かが、張飛をさらったことはまちがいない。
いまも、どこでどんな目に遭っているやら。あれだけの大男をおとなしくさせるには、暴力的な手段もつかわれていることだろう。
その痛ましい姿を想像し、趙雲は、また怒りにとらわれるのだ。





春蕾の部屋は花と蝶にかざられた、あでやかな部屋であった。
部屋の壁には大胆に花に止まる蝶の絵が描かれていて、そのうえに詩が書かれている。
その艶っぽいみごとな詩をおくったのは、樊城にいる劉表の部下の王粲ということであった。
蝶のとまる花は虞美人草である。

お茶をいれて差し上げます、というので待っていると、さいきん流行しはじめた青磁器で、春蕾は茶を淹れはじめた。
その優雅な手つきは、琴の弦を自在に奏でているようである。
「伏したる龍と呼ばれるほどの先生ですから、もっと怖い顔をした先生だとおもっておりました。ほら、龍ってこわい印象があるではありませぬか。かの褒似も、たしか龍の唾液から生まれたのでしたっけ。唾液ですら国をほろぼすもとになるくらいおそろしいものに喩えられるなんて、いったいどんな気分なんですの」
「わるくない気分です、わたしも龍とおなじように、恐れられる男でありたいとおもっております」
孔明が冗談を言ったとおもったらしく、春蕾はころころと鈴のような声をたてて笑った。
しかし孔明はすましたもので、彼女の淹れたお茶を、しずかに飲んでいる。
趙雲も、おなじく青磁の器で渋いお茶を口にしながら、単刀直入に春蕾にたずねた。

つづく…

うつろな楽園 その16

2013年09月09日 09時30分48秒 | 習作・うつろな楽園
『虞美人楼』のある色街は、夜ともなると赤い提灯があちこちに灯され、女たちの奏でる楽の音が夜風に乗ってひびきわたり、それはそれは風情のある街になるのであるが、昼にくると幻滅である。
派手な人目を引くのに躍起になっている建物がつらなる街には、女たちのいびきと寝息が聞こえてきそうな雰囲気がただよっている。
黒い痩せた犬が砂埃のうえをてくてくと歩く。
たまに、建物のなかから買い物を言い付かった子供があらわれて店に走っていく。
妓楼の主の子供か、売られてきた子供か、それはわからない。

となりに並ぶ孔明はというと、やはりこのあたりが珍しいらしく、それを隠すこともなくきょろきょろとあたりを見回している。
これで知った顔をしてつんとすましていたならば、趙雲も孔明に反感を持ったかもしれないが、反応が意外に素直なことに、逆に好感を持った。
あれが『虞美人楼』だ、とおしえてやると、鶴のように孔明は首を伸ばし、その奇観にへえ、と目を丸くした。
『虞美人楼』は新野の建物のなかでもひときわ大きく、なおかつ、塔のように階数のある建物だったのである。
こんなところにいる女はどんな女だろう、という声を期待した趙雲だが、孔明は、
「火事になったら上の階にいる客と女は丸焦げだな」
と、まったく色っぽくないことを言った。

へんなやつ、とあきれつつ、趙雲は『虞美人楼』の入り口をくぐる。
こんなに早い時間に、しかも連れをともなってやってきたのは初めてだったので、顔なじみの『虞美人楼』の主もびっくりしたようだった。
気を遣ったものか、孔明がこそりとたずねてくる。
「子龍どのの馴染みの妓女は何という名なのです」
「春蕾だ」
「ふむ、愛らしい名ですね」
そんなやりとりのなか、店の主がまだ春蕾は支度ができておりませぬ、というのと、春蕾本人が店の奧から顔を出したのはほぼ同時だった。
趙雲としては意外なことに、春蕾はきちんと化粧をしてあらわれた。
こんな真昼間からやってきた、しかも連れがいる、ということにもおどろきもせず、艶然とした笑みを浮かべて、優雅に膝を折る。
「子龍さま、ようこそおいでくださいました」
春蕾は胡蝶の柄がちりばめられた、あでやかな柿子色の衣を身に纏い、髪には花びらをかたどった、小さな、しかしよく見れば非常に精巧で手の込んだ銀の櫛をさしていた。
花芯の部分には珊瑚がちりばめられており、たいへん価値の高いものであることがわかる。
きれいに結われた髪は一筋の乱れもなく、化粧もあわててほどこしたというものではなく丁寧になされている。
夜に会うときとおなじく、生活臭はまったくしない。
春蕾は、自分の価値が「夢の女」であることだということを、よく心得ているのである。
ことし十九になるというその若さをかんがえると、春蕾はみごとな女であった。
この『虞美人楼』のなかで、いちばんの売れっ子だというのは、こういうところで証明されるのである。

まさに後光が差してでもいるようなその圧倒的なうつくしさを前に、孔明はどういう顔をするだろうかとちらっと横を見れば、素直に感嘆の表情をみせている。
趙雲はすこしばかり得意になり、春蕾のほうを見るが、こちらも、趙雲ではなく、清清しい群青色の衣をまとった孔明におどろきの表情を見せていた。
そうして、趙雲は、なるほど、たしかに孔明のほうが若いし、はっとするほどきれいなやつだからなと素直に納得した。
しかし春蕾も心得たもので、孔明を不躾にじろじろ見るようなまねはせず、すぐににこやかに趙雲のほうを向いて、店先でお話しするのもなんですから、あたしの部屋へ来てくださいまし、と言った。
そこに甘えた調子はどこにもなく、さすが、頭の回転のはやい春蕾のこと、色事でおとずれたのではないことを察しているようである。

つづく…

うつろな楽園 その15

2013年09月08日 09時32分25秒 | 習作・うつろな楽園
「それに、主公のお供で会った人間は、おれをそこいらの調度品とおなじ程度にしか知らないはずだ。ほとんどことばを交わしていないからな」
そも、ぺらぺらよくしゃべる主騎などというのは役に立たなそうである。
「なるほど。そうするとのこるは妓楼の虞美人楼ですな。ここに心当たりは」

大真面目に孔明はたずねてくる。
その二十八という年齢より若く見える顔をまえにして、趙雲は正直に書くんじゃなかったと後悔していた。
なんとなくではあるが、この軍師には、妓楼がどうとか、女がどうとか、そういうくだけた色っぽい話をしてほしくない。

「いや、ちょっと行って、帰ってくるだけだからな。店のほかの客と顔なじみになったことはないし」
「なじみの妓女がいるでしょう」
「まあ、たしかに」
「その女をつうじて子龍どのを知っている、という人間がいるかもしれませぬ。それにあそこは美女をそろえているといううわさ。ふむ、それなら美女の卵もそろっていることでしょう。では、さっそく行きましょう」
「どこに」
「『虞美人楼』に。まだ日も高いので、みな寝ているかもしれませんが、緊急事態なので仕方ない。今日は起きてもらいます」
「行ってどうする」
すると孔明は、飲み込みがわるい、と不服そうな顔をした。
「徐兄がいったでしょう、われらの役目は賊に揺さぶりをかけること。仮に妓楼に賊の手先がいたとして、われらが正体を探っていると知ったら、きっとおおいに動揺するにちがいありませぬ。そして、きっと行動に出る」
「賊の手先が『虞美人楼』にいなかったら」
「そこはそれ、子龍どのも次から安心して遊べます」

そうして孔明は、さっさと妓楼へ行く支度をはじめる。
鏡のまえで、結った髪が乱れていないかをたしかめ、更衣をすませて、朝に着ていた灰色の衣から着替えて、洒落た群青色の衣になってやってきた。
そうして、またも不服そうな顔をした。
「子龍どのは着替えないのですか」
これから華やかな女の世界に行くのに、そのつまらない格好はなんだ、と言いたいらしい。
趙雲は、調練場でいつも着ているのとおなじ、なんの装飾もない白い衣をまとっていた。
遊びに行くわけじゃあるまいし、と趙雲はおもうのだが、同時にぴんときた。
先生、どうやらあんまり遊んでいないようだな。
孔明の身なりは気取りすぎていて、逆にその緊張感があらわになっている。
もしかしたら、あんまり育ちがよすぎて、玄人の女と接したことがないのかもしれない。
「おれはいつもこんな格好だ。それでも女たちは歓迎してくれるのさ」
孔明は、そうですか、と言いつつ、あまり納得していないようだったが、趙雲は陳到にあとのことをまかせると、率先して『虞美人楼』へ向かった。

つづく…

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