はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
牧知花&はさみのなかま名義の作品、たっぷりあります(^^♪

赤壁に龍は踊る・改 一章 その11 説得

2024年12月23日 10時13分42秒 | 赤壁に龍は踊る・改 一章
それを聞いて、孫権は目を見開いた。
孔明もまた内心ではおどろいたが、顔には出さないようつとめる。
どうやら、この部屋には、孫権を守るために見えないところで護衛がいるようなのだ。


趙雲をちらりと見る。
かれはこの部屋に入る前に、武器をすべて係の者に預けていて丸腰であった。
そんなかで、こちらに殺意を向ける者たちに囲まれているのは、主騎としても、使者としても我慢ならないのだろう。
孫権に頭を下げる趙雲の顔色は、平素と全く変わっておらず、声も堂々として、すこしの震えもなかった。
孫権には、それが意外だったのかもしれないが、眉間にしわを寄せて、うなるように言った。
「ならば孔明どのの主騎たる貴殿も、この部屋から去るべきであろう」
「丸腰のそれがしを恐れる必要はありませぬ。
それに、いざとなれば、黄公覆《こうこうふ》(黄蓋《こうがい》)どのが将軍を守りましょう。
しかし、いまおそばに幾人ものねずみを控えさせているのは、われらを信用していない証ではありませぬか」
「信用していないと答えたら、どうする」
「いますぐ席を立ち、夏口へ戻ります」


思い切ったことを言いだしたものだと内心で思ったが、孔明は涼しい顔をして、孫権の出方を待った。
孫権のそばで、黄蓋が怒気を発して立ち上がりかける。
魯粛が取りなそうと前に出かけるのを孫権は手ぶりで止めた。
そして、趙雲をじっと見たまま、言う。
「面白い男じゃ。胆力がある」
そして、孫権は、片手を上げると、空中にくるりと円を描くようなしぐさを見せる。
とたん、部屋の陰りのある空気が一掃された。
どこに隠れていたのか、孔明にはわからなかったが、趙雲の言うところの「ねずみ」がいなくなったようである。
自分たちに向けられていたらしいとがった殺気と、粘り気のある敵意が消えただけで、こうも場の空気が軽くなるものかと、孔明はおどろいていた。
もちろん、顔には一切出さないままで。


「子龍どの、これでよいかな」
「将軍に感謝申し上げます」
趙雲が深々と頭を下げる。
そして孔明は気づいた。
趙雲の申し出を受けたからか、孫権の表情から、憂いがすこし消えている。
その代わりに、やってきた使者たちに強い好奇心を示している様子だ。
場がいい具合に温まったようである。


孔明はこの機を逃さず、切り出した。
「孫将軍は、なぜに悩まれておいでですか」
「わかりきったこと。曹賊が、われが江東の地を狙っておるからだ。
今朝になり、やつから降伏勧告が来た」
「まことですか」
と、これは魯粛が驚きの声をあげた。
「慇懃無礼《いんぎんぶれい》な文章であったわ。戦うか否か、やつもこちらを探っておる」
「で、どう応じるおつもりか」
孔明が問うと、孫権は強く眉をひそめて、言った。
「それを悩んでおるのだ」
「悩む必要などございますまい。はっきり申し上げます。
われらが柴桑《さいそう》へ参上しましたのは、劉豫洲《りゅうよしゅう》(劉備)と劉公子(劉琦《りゅうき》)の軍が孫将軍に加勢するとお伝えするためです。
曹操は大言壮語を吐き、百万の兵を動員しているとうそぶいておりますが、あれはまったくのでたらめ。
実数はせいぜい七、八十万ていどでしょう。
しかもその内容は、冀州《きしゅう》と荊州《けいしゅう》の兵の寄せ集めにすぎませぬ。
さらに、主力の冀州の兵のほとんどが、水戦に慣れていない者たちばかり。
地の利はこちらにあり、しかも敵の実態は脆弱。ならば、開戦以外に選択肢はないでしょう」
「ずいぶんと明言するものだな。そう言って、われらを盾にして、曹操を躱《かわ》そうと思っているのではないか」
孔明はそれを聞くや、小ばかにしたように目を細める。
「われらも見くびられたもの。曹操に怖じていると思われているとは」
「ちがうのか」
「ちがいます。先に申し上げた通り、曹操の兵は寄せ集めで、冀州の兵は連戦に疲れ果てており、しかも荊州の兵はまだ曹操になついていない。
蔡瑁《さいぼう》の水軍があろうと、しょせんは降将が指揮する軍。兵の士気は上がり切りませぬ。
しかし、孫将軍が悩まれれば悩まれるほど、曹操に時間と猶予を与えることになり、兵は回復し、また、曹操になつきもしましょう」
「わしに愚図愚図するなと言いたいのだな」
「その通りでございます。勝機をつかむなら、いますぐに行動を起こすべきです」


孫権は、しばらく黙って、じいっと孔明を見つめた。
孔明もまた、その目線に負けじと、孫権の視線を受け止めた。
孫権の目は碧眼だと噂で聞いていたが、たしかに、漢民族のほとんどのように、真っ黒ではない。
その深緑色の目でじいっと見つめられながら、孔明はじっとりと背筋に汗が流れていくのを感じていた。


つづく

※ 孫権への説得はつづく……
次回、どうなりますか? どうぞお楽しみに!
でもって、寒い日が続いております。
みなさま、温かくしておすごしください(^^♪

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