はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
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臥龍的陣 涙の章 その48 奇妙な部屋

2022年11月06日 09時57分40秒 | 英華伝 臥龍的陣 涙の章
勝気な姉に、きびしくしつけられた孔明は、女性全般に弱い。
とりあえず、安心させるために微笑もうと、反射的に頬を弛《ゆる》ませたのであるが、それは途中で強ばった。
色鮮やかな錦に包まれたその体の首。
鶴のようにほっそりとはしているものの、その首には、自分とおなじ特徴、咽喉仏があった。
少女ではない。
小柄な少年なのだ。

ふと、後方で、からからと、白蝶貝の飾り物が鳴る音がした。
ほかにもだれかいる。
はっとして振り返ると、目の前にいた女装の少女が、くすくすと、それこそ咽喉仏さえ見ていなければ、完全に少女と錯覚したであろう高い声でもって、笑いながら、孔明の前から去っていく。

「待て」
手を伸ばすと、すぐに布と白蝶貝が邪魔をする。
いっそ天井から引き落としてやろうかと強く引っ張ったが、びくともしない。
あちこちに灯された行灯《あんどん》の明かりが交差して、帆に幾重もの影を生み出す。
からからと鳴りつづける白蝶貝の飾り物の乾いた音と、それにかぶさるように、子供の甲高い妖しげな笑い声。

人は、見えない相手に怒鳴られるよりも、笑われるほうが、不快感をつよく催《もよお》す生き物だ。
孔明のように、自尊心の強い青年には、なおさら笑い声は癇《かん》に障った。

もはや白蝶貝の飾り物がどれだけ音をたてようと、構わず、布の海のようになっている部屋を、乱暴にかき分け、孔明は前に進んだ。
罠かもしれない。
足を踏み入れるたびに、最初に嗅ぎ取った、あの甘ったるい、むせ返るような匂いは濃くなっていく。
まるで花弁の奥へ、奥へと、誘い込まれているようだ。

襄陽城に入る前に、隠し持っていた武器のたぐいは、すべて奪われていた。
もはや頼れるのは、おのれの耳目《じもく》のみ。
孔明は正常な判断をうしなうことを恐れ、なるべく匂いを嗅がないように、口で息をすることにした。
そして、わざわざ向こうの意図どおりに|癇癪《かんしゃく》を起こしかけたおのれを戒め、足を止め、おのれをかく乱せんとする子供を追うことをやめた。

おのれと、子供のそれが交差して、帆と天井には影の行列ができている。
孔明はそれを見上げる。
見上げながら、おのれに注がれる視線を、肌で感じ取る。
一人や二人の数ではない。
いったい、この奇妙な装飾に隠れて、どれだけの人が隠れているのだろうか。

たん

不意に、琴の弦がはじかれた。
音のした方向を見ると、行灯の明かりが起こす風に揺れた布の下に、琴をつまびく人物がいた。
その人物も、さきほどの少年と同様に、贅《ぜい》をつくした色鮮やかな蜀錦を身にまとっている。
だが、奇妙なことに、男か女か、断定することができなかった。
若いのか、老いているのかさえ、わからない。

髪は老婆のように真っ白で、病のためか、その見開かれ、虚空をみつめる双眸は白乳色ににごっている。
だが、肌はなめらかで、老いをしめす染みや皺の類いは一切ない。
顔に関しては、いくらでも白粉で誤魔化せるかもしれないが、琴を弾く手のたおやかさは、まちがいなく若い者のそれである。
かといって、髪が染めたものなのかと見れば、それにしては色が鮮やかすぎるのである。

たん

その人物は、先ほどからおなじ弦ばかりを叩いている。
そこには楽曲を奏でようとする意志がない。
人に聞かせようとするつもりも、まったくない様子だ。
武器などなにもない。盲目だ。
おのれよりはるかに脆弱に見えるし、事実そうであろう。
なのに、孔明はその姿に戦慄した。

奇妙であった。
見ているだけで、胸のあたりをかきむしりたくなるような違和感を湛えていた。
男でも女でもないもの。
若者とも老人とも違うもの。
宦官にもっとも近い。

しかしそれよりなお、性質の悪い意志が、その人物の外貌に関わっているような予感を抱かせる。
動きを見せない眼球には諦観が漂っている。
その人物の内面の感情が動きをとめて、うつろになっていることを示していた。

つづく


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げんざい、とくに力を入れているのが「臥龍的陣 番外編」の推敲。
これがまた、日本語がおかしい文章ばっかりで、直すのに苦労しております;
でも楽しい作業でもあります。むかしの自分と再会できているような感じです。
今後も創作はしっかりやっていきますので、ひきつづき応援していただけると光栄です!(^^)!


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