はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
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臥龍的陣 太陽の章 106 回想 その1

2023年04月08日 10時05分26秒 | 英華伝 臥龍的陣 太陽の章



欲望のために生れ落ち、欲望のために育てられ、そして欲望のために人生を消耗させられた。
文武両道の、高貴な少年。
将来を約束された、策士の傀儡。
これほど息苦しい人生であることを、だれも理解してはくれないと思っていた。


父と呼んでいた肉塊が、酒と五石散の中毒により襲い掛かってきたときの絶望。
その直後に、実父かもしれない男は、泣く自分に、
「未遂であったのだから、ましであろうが」
と吐き捨てた。
母も見て見ぬふり。
だれもわかってくれない、助けてくれない。


義理の兄であるという花安英とて、誇り高い劉琮の絶望をいやす存在にはならなかった。
たしかに同情し、なにかと面倒をみてくれた。
だが、劉琮からすれば、それはあたりまえなのだ。
自分は皇室の血を引いている人間なのだし、だれもがみな、自分に|傅《かしづ》いてあたりまえ。
むしろ、劉琮自身が劉表の子ではないとにおわせてくる花安英は、うとましかった。


生気を失くし、死すら意識しているなか、さすがに『駒』には生きていてもらわねばと蔡瑁は思ったのか。
劉琮を許昌に派遣することをとつぜんに決めた。
表向きは、帝への表敬訪問。
しかし実際は、欲望の肉塊となりはてた「父」に、ふたたび襲われるのではと怯える少年に、気晴らしをさせるためであった。


そして、劉琮はそこで、出会う。
おのれの真の理解者に。
実の母よりも、母と呼ぶにふさわしいひとに。


帝の血縁であることを称するその女は、姓を劉、名を雅といった。
あざなを伯姫。
穏やかな木漏れ日を思わせる優し気な雰囲気の女性だった。
なによりその憂いを含んだ目。
その吸い込まれるような悲しみに満ちた目をみたとき、このひとは、わたしと同じ目に遭ってきたひとだと、劉琮はすぐにわかった。
さらに、どう見ても十代後半に見えるのに、よくよく聞いてみればもう三十路だということに仰天した。


伯姫は自分のことは何も語ろうとしなかったが、劉琮の話はなんでもよく聞いた。
そのたおやかな白い手でくるまれると、劉琮は自分の恥でもなんでも、すなおに話した。
おなじ王室の血を引く女だという思いも、片隅にあった。


それまで劉琮は、これほど理解しづらい話を、家族以外の人間が理解できなかろうと思い込んでいた。
息子を欲望のはけ口としてあつかおうとする「父」。
それを利用し、おのが野望を果たそうとする「実父かもしれない叔父」。
両者とたくみにわたり合い、息子すら供物にして男に貢ごうとする「母」。
さらには、同情たっぷりに接してくるかえってうざったい「義兄」の存在。
こんな連中に囲まれている自分の鬱屈を理解できる人間は、この世にいないだろうと思っていたのだ。


ところが伯姫はちがった。
かわいそうに、苦労したのね。
そう言って、劉琮を麝香の香りのするからだで、やさしく抱きしめてくれた。
打算もなく、いつわりもなく、恩着せがましさもない。
伯姫はほんとうに、劉琮のために嘆き、そしてほんとうに、泣いてくれた。


この世に理解者がいるのだ。
それがわかっただけで、劉琮はこの先、このひとのために生きていけると思った。
年の差は関係なかった。
劉琮は許都滞在するあいだ、伯姫とかたときも離れなかった。
ひとにこころから甘えられる、その甘美さと、安堵感。
それにすっかり酔っていた。


だから、伯姫がこう言いだしたときも、何の疑惑ももたなかった。
「ぼうや、わたしのぼうや。わたしと同じ目に遭った子。
あなたになら言ってわかるわね。
わたしはわたしを保つため、とても大切なものが要るの」
なんでしょうと劉琮は尋ねた。
大切なものとやらがなんであれ、劉琮は伯姫のためなら、用意するつもりだった。
たとえ、天竺鼠の火衣といわれても、用立てするために奔走したことだろう。


だが、伯姫は意外なことを言った。
「わたしのために、女を殺してきてちょうだい。
といっても、ふつうの女では役人に怪しまれてしまうから、春をひさいでいる女でいいわ。
その女の肝を持ってきて」
「どうなさるのです、そんなもの」
劉琮はすでに麻痺していた。
麝香のにおいを漂わせる美女の、その焚き染めている香こそが、「父」の理性を狂わせた五石散であることに気づいていない。
伯姫は、愛玩するどうぶつを撫ぜるように、劉琮の頭を撫ぜながら、こたえた。
「食べるのよ。決まっているではないの。
そのおかげでわたしは、これほどの若さを保っているのよ」


慄然としなかったといったら、嘘になる。
おそろしい話を聞いてしまったという思いもあった。
人の肝を食べると不老を得られるなどという話は聞いたことがない。
とはいえ、劉琮は伯姫に溺れ切っていたから、彼女を怒らせたくない、見捨てられたくない、忘れ去られたくない、その思いで、歪んだ依頼を引き受けた。


つづく

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さいきん、ちょっとPCの前で作業するだけで、目がしょぼしょぼ。
年ですなあ…頭痛もしてしまい、なかなか対策に困っています。
休み休み作業するしか手はない、かな?
そんなわけで、今日もみなさま、よい一日をお過ごしくださいませ('ω')ノ



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