夜の女たちはみな無防備で、外見こそ少女のようで美しい「客」によろこんでついてきた。
そして、あっさりとその手にかかり、あきれるほどあっさりと切り裂かれた。
劉琮も最初のうちは、おぞましさと罪悪感に震えたが、三人を切り裂いたあたりから、それすらもあまり感じなくなっていった。
それよりも、伯姫が喜んでくれることがうれしかった。
「ぼうや、えらいわね、わたしのぼうや。わたしが見込んだだけのことはある」
なにをどう見込まれたのか、それを深く考える暇もなかった。
だんだん劉琮は伯姫のためだけではなく、自分のために、女たちを切り裂くようになっていた。
女たちを狩る。
その狂った楽しみは、やがて夜の女だけではなく、夕暮れにひとりでいた市井の女たちにも含まれるようになった。
その女たちに、道を聞くふりなどをして近づいて、刃で脅して路地に連れ込み、あとはぞんぶんに仕事をする。
劉琮にとって、「殺し」は仕事だった。
母に等しい伯姫を喜ばせるための重要な奉仕であり、自分の心のなかの「母」を復活させるための仕事だったのだ。
そのあたりの狂った理屈は、やがて許昌を出て襄陽に帰ったあとも、だれにも理解されなかった。
義兄の花安英は、理性を棄てた義弟のことを嘆いた。
しかし、かれもまた、父と母を深く恨んでいたから、狂った義弟をかばい、かれの戦利品である女たちの衣服を地下室に隠すのを手伝ってくれた。
さらには、五体をばらばらにされた女たちの姿と、五体をばらばらにされた蚩尤神の姿を重ね合わせ、劉琮が奇妙な想像力で、「母」のための…伯姫のための儀式をはじめたときも、何も言わなかった。
花安英も泣いてはくれたが、しかし、その涙にまごころがあることに、さいごまで劉琮は気づかない。
花安英は聡すぎて、さらには劉琮から見れば、まともすぎたのだ。
伯姫のところへ帰りたいと、いま、劉琮は思っている。
趙雲に襄陽城で倒され、そのご、潘季鵬にたすけられて、いままで隠れていた。
潘季鵬はそもそも、劉琮を伯姫に紹介した男だ。
すべての事情をよく知っている。
劉琮は、よく働いてくれたしもべの死を目の前にして、許都にいるはずの伯姫が遠くなってしまったことを感じていた。
潘季鵬が、自分を汚らわしいものを見る目で見ていたことすら、気づいていない。
狂気の権化のようなおとこにすら、劉琮は軽蔑されていた。
そして、使役されていたのが自分のほうだと、劉琮は気づいてすらいない。
伯姫は言っていた。
「勇敢なわたしのぼうや。ぼうやになら、天下を任せられる。
あなたがこの国を治めるのよ。
董卓が穢し、そして虫けらたちが蛆のように食い荒らしたこの聖なる国を、あなたが立て直すの。
きっとまた許昌へいらっしゃい。
そしたら、わたしがあなたを皇帝にしてあげる。
曹操はわたしの持ち駒にすぎないわ。何も心配はいらない。
愛するわたしのぼうや、そのときを楽しみにしてらっしゃい」
伯姫はそのとき、正気だったのだろうか。
伯姫が、ときどきなにかから逃げようとするように、浴びるほど酒を飲む悪癖を持っていることは、劉琮は見て見ぬふりをした。
まさか、愛する女が、あの憎むべき肉塊・劉表とおなじ癖を持っているはずがない。
そう思い込んだのだ。
潘季鵬は、「無名」がどうとか、小難しいことをいろいろ言っていた。
だが、劉琮からすれば、伯姫のために生きられれば良かった。
新野で娼妓を狩ったのも、潘季鵬に「新野の治安を乱せ」と言われたはずなのに、かれの頭の中では、伯姫にささげる肝を得るための「仕事」の腕を落とさないようにするために変わっている。
狂っているのは世界のほうで、あくまで自分のほうではない。
清浄な世界にいたわけではない。
守られた子供でもなかった。
だからこそ、自分には刃をふるう権利がある。
そんな飛躍した怒りをたぎらせて、劉琮は隠れていた牛車から、剣をたずさえて外に出た。
狙うは自分に屈辱を味合わせ、伯姫との忠実な連絡役であった潘季鵬を殺した、趙子龍。
その趙子龍は、まだこちらに気づていない。
片手には子供を抱えていて、もう片方にも、子供がぴったりとくっついている。
そして、かれのすぐそばには、諸葛孔明の姿もあった。
もうすべてが終わったと思っている、あきれるほどの無防備な背中。
このわたしを不遜にも殺そうとした、この男だけは許せない。
劉琮は両手でぐっと剣の柄をにぎり、そして、ちょうどその背中の肝のある部分に向けて、まっすぐ刃を向け、突き進んだ。
つづく
そして、あっさりとその手にかかり、あきれるほどあっさりと切り裂かれた。
劉琮も最初のうちは、おぞましさと罪悪感に震えたが、三人を切り裂いたあたりから、それすらもあまり感じなくなっていった。
それよりも、伯姫が喜んでくれることがうれしかった。
「ぼうや、えらいわね、わたしのぼうや。わたしが見込んだだけのことはある」
なにをどう見込まれたのか、それを深く考える暇もなかった。
だんだん劉琮は伯姫のためだけではなく、自分のために、女たちを切り裂くようになっていた。
女たちを狩る。
その狂った楽しみは、やがて夜の女だけではなく、夕暮れにひとりでいた市井の女たちにも含まれるようになった。
その女たちに、道を聞くふりなどをして近づいて、刃で脅して路地に連れ込み、あとはぞんぶんに仕事をする。
劉琮にとって、「殺し」は仕事だった。
母に等しい伯姫を喜ばせるための重要な奉仕であり、自分の心のなかの「母」を復活させるための仕事だったのだ。
そのあたりの狂った理屈は、やがて許昌を出て襄陽に帰ったあとも、だれにも理解されなかった。
義兄の花安英は、理性を棄てた義弟のことを嘆いた。
しかし、かれもまた、父と母を深く恨んでいたから、狂った義弟をかばい、かれの戦利品である女たちの衣服を地下室に隠すのを手伝ってくれた。
さらには、五体をばらばらにされた女たちの姿と、五体をばらばらにされた蚩尤神の姿を重ね合わせ、劉琮が奇妙な想像力で、「母」のための…伯姫のための儀式をはじめたときも、何も言わなかった。
花安英も泣いてはくれたが、しかし、その涙にまごころがあることに、さいごまで劉琮は気づかない。
花安英は聡すぎて、さらには劉琮から見れば、まともすぎたのだ。
伯姫のところへ帰りたいと、いま、劉琮は思っている。
趙雲に襄陽城で倒され、そのご、潘季鵬にたすけられて、いままで隠れていた。
潘季鵬はそもそも、劉琮を伯姫に紹介した男だ。
すべての事情をよく知っている。
劉琮は、よく働いてくれたしもべの死を目の前にして、許都にいるはずの伯姫が遠くなってしまったことを感じていた。
潘季鵬が、自分を汚らわしいものを見る目で見ていたことすら、気づいていない。
狂気の権化のようなおとこにすら、劉琮は軽蔑されていた。
そして、使役されていたのが自分のほうだと、劉琮は気づいてすらいない。
伯姫は言っていた。
「勇敢なわたしのぼうや。ぼうやになら、天下を任せられる。
あなたがこの国を治めるのよ。
董卓が穢し、そして虫けらたちが蛆のように食い荒らしたこの聖なる国を、あなたが立て直すの。
きっとまた許昌へいらっしゃい。
そしたら、わたしがあなたを皇帝にしてあげる。
曹操はわたしの持ち駒にすぎないわ。何も心配はいらない。
愛するわたしのぼうや、そのときを楽しみにしてらっしゃい」
伯姫はそのとき、正気だったのだろうか。
伯姫が、ときどきなにかから逃げようとするように、浴びるほど酒を飲む悪癖を持っていることは、劉琮は見て見ぬふりをした。
まさか、愛する女が、あの憎むべき肉塊・劉表とおなじ癖を持っているはずがない。
そう思い込んだのだ。
潘季鵬は、「無名」がどうとか、小難しいことをいろいろ言っていた。
だが、劉琮からすれば、伯姫のために生きられれば良かった。
新野で娼妓を狩ったのも、潘季鵬に「新野の治安を乱せ」と言われたはずなのに、かれの頭の中では、伯姫にささげる肝を得るための「仕事」の腕を落とさないようにするために変わっている。
狂っているのは世界のほうで、あくまで自分のほうではない。
清浄な世界にいたわけではない。
守られた子供でもなかった。
だからこそ、自分には刃をふるう権利がある。
そんな飛躍した怒りをたぎらせて、劉琮は隠れていた牛車から、剣をたずさえて外に出た。
狙うは自分に屈辱を味合わせ、伯姫との忠実な連絡役であった潘季鵬を殺した、趙子龍。
その趙子龍は、まだこちらに気づていない。
片手には子供を抱えていて、もう片方にも、子供がぴったりとくっついている。
そして、かれのすぐそばには、諸葛孔明の姿もあった。
もうすべてが終わったと思っている、あきれるほどの無防備な背中。
このわたしを不遜にも殺そうとした、この男だけは許せない。
劉琮は両手でぐっと剣の柄をにぎり、そして、ちょうどその背中の肝のある部分に向けて、まっすぐ刃を向け、突き進んだ。
つづく
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桜がきれいに咲いていますが、今日は風が強いので、だいぶ散ってしまうかなー?
季節が過ぎるのは早いですねえ…
東北の一部では今日は雪すら降ると、昨日の天気予報でいっていましたが、さて?
みなさま、ご自愛くださいませ。