はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
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地這う龍 三章 その8 あらたな指針

2024年01月13日 10時15分36秒 | 英華伝 地這う龍



その夜、孔明は大量の紙束をかかえて、劉備の部屋へとやってきた。
あいかわらず、その紙束の内容は、趙雲には知らされていない。
紙束を孔明は劉備の居室で広げ、熱心に話をはじめた。
趙雲は、ふたりが話しこんでいる部屋の外で、じっと話し合いが終わるのを待つ。


怪しい奴があたりをうろついている気配もない。
夜が更けるにつれ、あたりにどんどん虫の音の大合唱が響くようになってきた。
それに紛れて、樊城《はんじょう》城内に寝泊まりする者たちの、いびきが聞こえてくる。
趙雲もつられてあくびをしたとき、ようやく両者の話し合いがおわった。


「子龍、遅くまですまないな。いま話がおわったよ」
孔明に声をかけられ、趙雲は部屋を覗き見る。
部屋には、孔明の書いたとおぼしき紙の絵図がひろがっていて、さらに、紙燭《ししょく》のまえに、劉備が満足そうな顔をして座っていた。
どうやら、話し合いは順調だったようである。
趙雲がほっとしていると、劉備が趙雲に笑いかけた。
「明日から忙しくなるぞ」
「出立でしょうか」
「そうだ。このまま樊城で立てこもるわけにはいかん。
わしらは、民をつれて襄陽《じょうよう》へ行く。そして、民は襄陽で預かってもらうつもりだ」


樊城の真南に襄陽はある。
明日に出発すれば、曹操より先に襄陽に入れるだろう。
だが、趙雲には懸念があった。
民を預かってもらうと劉備は言うが、劉表なきあとの襄陽を仕切っているだろう蔡瑁《さいぼう》が、はたして劉備の要求を呑むだろうか……夏の騒動のことを思えば、難しいのではないか。


だが、劉備は晴れ晴れとした顔で言う。
「おなじ荊州の民なのだ、蔡瑁とて、民を邪険に扱いはしなかろう。
それに、仮に追い返されたとしても、わしは民を見捨てることはせぬ」
きっぱり言ってのける劉備の顔を思わずまじまじと見てしまう。
その表情は明るく、決然としていた。


となりにいる孔明が、広げた絵図を趙雲に見せた。
「これは、江陵《こうりょう》までの街道の周辺にある井戸と水脈を描いた地図だ。
そこを管理する村長や、豪族たちの名前も記してある」
「それはすごい、よく調べたな」
思わず感嘆の声をあげると、孔明はなんてことはない、というふうに答えた。
「わたしがまだわが君にお仕えする前に、とある豪族のもめ事を解決したことがあってな。
そのときのついでに、いつか役に立つだろうと作っておいたものなのだ。
これの写しを、あなたやほかの者たちにも配る。これを見ながら、水を得つつ江陵を目指そう」


江陵は荊州の交通の要衝であり、物資が集まる重要拠点であった。
江陵に立てこもることができれば、曹操に対抗することも、あるいはできるかもしれない。
と同時に、わが君は、襄陽をとるという選択肢をとらないのだと、趙雲は覚悟を決めた。
襄陽に居座っているのは、奸臣《かんしん》蔡瑁とその一派である。
城を奪い、かれらを取り除けば、荊州全体を支配でき、樊城からはるか南へ下ったところにある江陵へ行く苦労をしなくていい。
だが、劉備はそれよりも、みなしごから荊州を奪ったと誹られることを恐れているのだ。
仁徳のひと、劉玄徳の看板をあくまで下ろしたくないということでもある。


趙雲も、すぐさま腹をくくった。
民を襄陽へ届ける。
もし蔡瑁がそれを受け付けなかったとしても、民といっしょに江陵へ逃げる。
孔明はすでにそうなった場合の下準備をしていたのだ。
やはり、口だけの劉封たちとは、孔明はまったくちがう。


「水さえ得られれば、食料は十分ですから、なんとか江陵まで持ちこたえられましょう」
趙雲が意気込んで答えると、劉備はうなずきつつも、すまなそうな顔になった。
「おまえには、苦労をかけることになる。
わが一族だけではなく、民の面倒まで見てもらうことになろう。
それでも、ついてきてくれるだろうか」
「なにをおっしゃいます、もちろんでございます」
「ありがとう、おまえがいるだけでどれだけ心強いことか。頼りにしているぞ」
「勿体なきお言葉」
趙雲は感激し、深々と頭を下げた。


劉備が寝室にもどったので、今度は孔明を寝室に送り届ける。
その短い道すがら、趙雲は隣に並ぶ孔明に言った。
「地図作りは終わったのだろう。明日から大変な道のりになるぞ、今日はゆっくり休め」
「そうするよ。これから半月は、まともに風呂すら入れなくなるかもな」
そういって、孔明は冗談交じりに、いやだいやだ、と首を振った。


「蔡瑁が民を受け入れると思うか」
「どうかな。こちらのやり方次第だと思う」
「やり方というと?」
「まあ、明日を待て。ほんとうは、わたしとしても、わが君には襄陽をとっていただきたかったのだが」
「蔡瑁は、劉琮君をあたらしい州牧に仕立て、曹操に降伏をしたのだろう。
もちろん、その劉琮というのは……」
「蔡瑁が『あたらしく』たてた劉琮さ。曹操も内情を知っていて、あえて知らぬふりをして襄陽入りするつもりであろう」
「腐っているな」
「腐肉だろうと、価値がありさえすれば食らうのが曹操だ。
蔡瑁とは旧友だし、曹操は荊州人士を厚遇するだろう。
新野《しんや》と樊城の民についても、ここでうまく別れられれば、かれらに曹操は手を出さない」
「そうだろうな。おまえが言っていた通り、やつらにしても、江東にまで遠征したいのだ。
荊州を蹂躙《じゅうりん》してしまえば、恨みを買って、背後から狙われかねない事態になる」
「最悪の場合、民を守りつつ江陵を目指すことになるやもしれぬ。
その場合は、頼りにしているぞ、子龍。なんとしても、わが君とご家族を守ってくれ。
わが君さえ生き延びることができたら、われらは息を吹き返せる」
「もちろんだ、おまえも同じだぞ」
「わかっている。生き延びてみせるよ。
それにしても、劉琦《りゅうき》どのがもうすこし健康で勇敢な方であったなら、江夏《こうか》から襄陽へ出兵してもらい、こちらも樊城から挟撃する、という策が取れたのだが」


「劉琦君には、こちらの動きを連絡をしてあるのか」
「江陵へ行くには漢水を下るのが早い。江夏から船を借りられないか、使者を出してある」
「仕事が早いな、おまえは」
感心すると、孔明はふふん、と胸を張った。
「こういう仕事は得意なのだ」
それから急に真顔になって、趙雲のほうを向いた。
「きっと生きろよ、子龍。死んだら許さぬぞ」
「おまえなら、冥府の王にもかけあって、おれに嫌みを言いに来そうだな」
「もちろんさ。わたしを誰だとおもっている。
あなたの上役であり、親友だからな。なんでもいいに行くさ」
そういって、孔明は白い歯を見せて笑った。


つづく


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