はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
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地這う龍 三章 その9 襄陽城の門前にて

2024年01月14日 10時08分55秒 | 英華伝 地這う龍



襄陽《じょうよう》には、普通の旅程の倍の日数をかけて、やっとたどり着いた。
民は元気いっぱいだった。
守る兵たちも、おなじく士気が高く、馬も飼い葉をたっぷり与えられており、威勢が良い。
だが、それでも人数が多すぎた。
だれもがけんめいに足を運んだのだが、騎馬なら半分の日数で済む日程が、ほぼ倍になってしまったのだ。
しかも大所帯ならではの小さなもめ事も頻発した。
趙雲も、その仲裁などに回って神経をとがらせていたため、ふだんの旅よりもずいぶん疲れた。


襄陽城が見えてくると、ホッとした。
一か月ほどまえに、あの城市を舞台に大立ち回りをした。
そのことすらが、夢のように思える。
しかし、こてんぱんにされたほうの蔡瑁《さいぼう》からすれば、昨日の悪夢のように感じられる出来事だったろう。
大けがを負ってもいるはずで、かれが正常な判断ができるかどうか、趙雲は心配していた。
果たして、民を匿《かくま》ってもらえるだろうか。


劉備は襄陽につくと、すぐに開門を願わず、城を大きく迂回《うかい》した。
「わが君、どこへ行かれるのですか」
あわてて趙雲が馬を止めようとすると、劉備はたくらみを込めた笑みを向けて、答えた。
「劉表どのの墓参りだ」
「墓参り?」
おもわずオウム返しにして、すぐそばで馬上のひととなっている孔明のほうを振り向く。
すると、孔明はそれでいいのだ、というふうにうなずいて見せた。
『そうか、これが策の一環か』
趙雲はすぐに察した。
劉表の墓参りをしてみせて、襄陽城に立てこもる劉表の遺臣たちのこころをうごかそうというのが、劉備の思惑なのだ。


真新しい劉表の墓は、郊外の丘のうえにあった。
劉備たちがやって来たのを見て、墓守たちがあわてて迎えにやってくる。
劉備はかれらに慇懃に礼を述べると、すぐさま馬を降り、劉表とその妻の墓の前に立った。


劉表は、裏表の激しい男だった。
英雄とはとても呼べない男だった。
そのことを、趙雲はよく知っている。
劉表のせいで、大きく人生を狂わされた人々も顔見知りだ。
だからこそ、趙雲は劉備と同じく墓の前に立っても、頭を下げることすらしなかった。
ちらっと孔明を見ると、かれも正直者で、傲然と見えるほどに、まっすぐと劉表の墓を見つめていた。
劉備の家臣たちは、事情を知っている者が大半なので、趙雲と孔明を咎めては来ない。
ただ、墓守たちだけは、なぜ家臣の中に礼を取らない者がいるのだろうという目で見てきた。


民もまた、劉備に倣っておとなしくしていた。
事情の分からない赤ん坊の泣き声と、木立に住まう鳥の声がやけにうるさい。
劉備はしばらく瞑目し、無言のまま祈りをささげていた。
劉備からすれば、劉表は長きにわたり援助をしてくれた恩人でもある。
こころの中で、感謝の念を伝えているのか、それとも、ちがう言葉をかけているのか、趙雲にもわからなかった。


事情を知らない民たちは、劉備の真摯《しんし》な祈りの姿に打たれているようだ。
両手を合わせていっしょに拝んだり、感動して泣いたりしている者すらいる。
「やはり、われらが殿様はただ者ではない、まことの仁君だ」
「なんという律儀なお方であろうか、やはりわれらは、このお方についていくぞ」
そんな震えた声が、そこかしこで聞こえた。


ささげた線香が燃え尽きたあと、劉備はやっと目を開き、そして墓守にまた礼を言うと、ふたたび動き出した。
こちらの動きをじっとうかがっていたであろう襄陽城市の門に向かって進む。
襄陽と書かれた扁額《へんがく》のある楼閣のなかで、兵がちらちら動いているのが、趙雲からもよく見えた。
蔡瑁が出てきているかどうかは、まだわからない。


「われは劉玄徳である! 荊州の民を守ってここまで参った! 開門を請う!」
しかし、劉備の声だけがわんわんと静けさの中に広がり、襄陽城からはなんの返答もない。
門はぴたりと閉ざされたままだ。


「劉琮どの、そこにおられるか、聞こえておるであろう! 
わたしは新野と樊城の民を連れてきた! どうかかれらを預かって匿ってはくれまいか!」
二度目の呼びかけにも、返事がない。
次第に、それまで息をつめて様子を見ていた民たちが、ざわざわと騒ぎ始めた。
兵が落ち着くようになだめるが、言うことを聞かない。
民は楼閣を見上げ、口々に、なぜ門があかないのだろうと言い合う。
「殿さまが開けろとおっしゃっているんだ、開けろ!」
と、やじを飛ばす者すらあらわれた。


それでも、襄陽城に動きはなかった。
無視をするつもりなのだろうか。
趙雲がじっと目を凝らしていると、やがて、襄陽城の楼閣で動きがではじめた。
楼閣の中央に、ひとりの武将があらわれたのだ。
あまり使われていなさそうな派手な甲冑に身を包んだ中年男である。
趙雲は、その顔に見覚えがあった。
張允《ちょういん》だ。
蔡瑁の腰ぎんちゃくで、顔に深い笑い皺のある男だ。
しかし、愉快な冗談のために出来た皺ではなく、人にへつらって卑屈に笑ってばかりいるので出来た皺だ。


「張允どの、聞こえていたのだろう、開門を願う!」
劉備が訴えると、その返事とばかりに、張允は片手をサッとあげる。
すると、それまで隠れていた弓兵が、いっせいに楼閣のうえにあらわれて、こちらに狙いを定め始めた。
それを見て、劉備の顔が大きくゆがんだ。
「馬鹿なっ! それが襄陽の者たちの答えか!」
「なんとでもほざけ、この逆賊めが! 
われらは漢の丞相たる曹孟徳どのをお迎えすることにしたのだ! 
曹丞相に歯向かわんとするおまえたちをここで滅ぼし、首を手土産としてくれん! 
さあ、みな、ためらうな、逆賊を滅せよ!」


つづく


※ いつも見てくださっているみなさま、ありがとうございます!
そして、サイトのウェブ拍手を昨日15時にしてくださった方も、ありがとうございました!(^^)!
温かいメッセージまで……うれしいです! サイトのほうでもお返事を書かせていただきました。
定期的に見てくださっているようで、とても光栄です。
褒めていただき、書いた甲斐があったなとこころから思いました。
おかげさまで、とっても励みになりました。今後もがんばります!

それと、みなさま、なんと今月18日で、このブログの開設6000日目なのですわ。
われながらビックリ。そんなにgooブログとお付き合いをしていたのかと。
それもこれも、閲覧してくださるみなさんがいるから続けられました、大感謝です(^^♪
記念企画も考えていますので、どうぞおたのしみにー!

ではでは、また次回をおたのしみにー(*^▽^*)


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