はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
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地這う龍 三章 その3 軟児の父、あらわる

2024年01月08日 10時14分48秒 | 英華伝 地這う龍



晩飯をいっしょにどうかと誘おうと思って、趙雲は、まだ机のまえにかじりついているらしい孔明のもとへ向かう。
新野《しんや》の民のことについては、話題にすまいということは、あらかじめ決めていた。
じつのところ、新野の民をどうするかの問題については、趙雲自身は、答えをだしかねていた。


たしかに、孔明の言うとおりだ。
劉備と孔明の主騎である立場からすれば、劉備たち以外にも民を守らなければならないのは困難をきわめる。
第一、軍に機動力があったほうがいいに決まっている。
だが、一方で、劉備の民への思い入れも知っている。
八年ちかく世話をしてきたのだ。
深い思い入れができて当然だ。


もちろん、それを知っているのは趙雲ばかりではなく、張飛や劉封《りゅうほう》も知っている。
だからこそ、新参者である孔明は浮いてしまったのだ。
それに、趙雲には、孔明が意見を述べたときの、劉備の傷ついたような顔が、頭にひっかかっていた。
こんなに早い段階から、軍師とわが君のあいだに亀裂が入らないといいなと切に思う。


あまりに両者の意見が対立するのなら、仲裁に入ることも考えたほうが良いなと考えていると、孔明そのひとが、あわてたようすで向こうからばたばたとやってきた。
「どうした」
孔明のかたわらには、趙雲の従者の張著《ちょうちょ》もいて、どちらもリンゴのように赤い顔をしていた。
「よかった、子龍、いま呼びに行こうと思っていたのだよ」
「そうです、子龍さま、たいへんなのです」
口々にいう孔明と張著の顔を見比べつつ、趙雲が戸惑っていると、孔明が切り出した。
「軟児《なんじ》の父親があらわれた」
「なんだって」
「どうやら、いままで行き違いがあって連絡を受けられなかったようなのだ。
申し訳なかった、軟児が無事なら、ぜひ引き取りたいと言っている」


趙雲はすぐには返事が出来なかった。
単純に考えるなら、父親があらわれたということは、軟児にとってはよいことだ。
しかし、壺中《こちゅう》において、軟児はかなり危うい目に遭った。
それをぎりぎりで助けた趙雲としては、父親といえど、肝心な時におらず、いまさらあらわれて、なんだ、という怒りもある。
趙雲の顔がぴくりとこわばったのを見てか、孔明はさらに言った。


「わたしの部屋に通してある。子龍、あなたからいろいろ話を聞くといい」
「そうだな」
と返事をするが、思った以上に、どすのきいた声になってしまった。
孔明が心配そうに、
「いきなり殴りつけたりするなよ」
と添えたほどであった。





孔明の部屋に入っていくと、痩せぎすの男が、なにかに打ちのめされたようにしょんぼりと座り込んでいるのがわかった。
その男はうつむき加減に座っていたが、趙雲が部屋に入ると、鞭で打たれたように、ぱっと顔を上げた。
おどおどとした感じの、蒼い顔をした男である。
しかし、目鼻立ちは整っており、とくに目元のくりっとした感じが軟児にそっくりだった。
父親でまちがいなかろう。


趙雲がおどろいたことには、軟児の父ひとりではなかったことである。
うしろに、父親とは対照的に恰幅《かっぷく》の良い頑丈そうな年増の女がひかえていた。
その女のほうは顔色もよく、趙雲と目が合うと、わずかに微笑んで軽く頭を下げて見せた。
軟児の母親は早くに亡くなったと聞いていたので、はて、この女は軟児の親戚かなにかだろうかと趙雲はこころのうちでいぶかしむ。


孔明と同道している張著がもってきた爵里刺《しゃくりし》には、襄陽《じょうよう》の村の名前とともに、『孫子礼』と書かれていた。
孫子礼は、ちょっとつついたら、泣き出してしまいそうな顔をした男だった。
はつらつとした軟児と共通しているのは、顔立ちだけである。


「貴殿が孫軟児の父君か」
趙雲がたずねると、父親は平伏せんばかりにして答えた。
「そのとおりです、わたしが軟児の父で、孫子礼《そんしれい》と申します。
こちらにおります女は、軟児の継母です」
「梁紫紅《りょうしこう》と申します」
継母という女も、神妙に頭を下げる。
軟児の父親より一回り年下だろうか。
不細工ではないのだが、色気が不足気味の女性で、しかし血色だけが素晴らしく良い。
病気を抱えているのではとすらおもえる軟児の父とは対照的に、健康そうであった。


軟児の父・子礼は悄然《しょうぜん》としたまま言う。
「まさか娘がこちらにお世話になっているとは思ってもおりませんでした。
なんとお礼を申し上げたらよいかわかりませぬ」
子礼は跪《ひざまず》いたまま、小刻みに震えている。
趙雲は無意識のうちにきつく両腕を組んでいた。
娘を壺中に預けて、しかもいまのいままで連絡もしてこなかった。
いい加減な親だと腹を立てていたのがじっさいに目の前に現れて、またふつふつと怒りが込み上げてきたのである。
軟児が壺中の男たちに襲われかけたことが脳裏にあるので、余計だった。
どういう事情があれ、あんな愛らしい娘を手放し、壺中に預けたことが信じられない。


趙雲がよほど威圧的に見えたのだろう。
孫子礼はますます首を亀のように縮ませ、梁紫紅のほうも、泣きそうな顔に変わり、おびえている夫の背中を励ますようにさすっている。
趙雲は怒りをけんめいに抑えつつ、言った。
「たしかに孫軟児は、われらが大切に預かっておる。
軟児自身も、貴殿らに会いたいと言っていた。
だが、なにゆえあの娘を手放すに至ったか、その事情を聴いてもよいだろうか」


思いもかけず、野犬が唸っているような声になってしまった。
孫子礼はおびえ、梁紫紅も、蒼ざめ始めている。
しかし、趙雲の怒りはおさまらなかった。
話の内容によっては、軟児の処遇を考え直さねばならない。
場の空気が張り詰める。
一方で、趙雲のとなりにいて、じっと様子を見ていた孔明は、張著に言って、軟児を呼びに行かせた。


つづく


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