意味ありげなことばに、その場の全員の目線が、敬にあつまった。
敬は、全員の視線を浴びていることを楽しんでいるかのように、一同をじっくり見まわしつつ、ゆっくりと言った。
「このたび、義勇軍に入ることと相成った。
それがしは、そこで大いに軍功をたてて名を成し、身を立てる。
二度とここには戻らぬつもりだ」
「なんだと、おまえのような優男に、義勇兵なんぞできるものか」
袁家のあるじの悲鳴にも似た声に、敬はにやり、と不敵な笑みを浮かべた。
「それがしが、だれの子か忘れてもらっては困る。
常山真定の趙家のあるじといえば、この近在の悪人どもが震えあがるほどの槍の名手であった。
その父の血を引き継ぐおれさ。出世はまちがいないであろう」
「む、たしかにおまえの父君は、この近辺で知らぬものがないほどの剛力であったが」
「そうだとも。父上、お国を荒らす不届きな賊を退治するため、敬は働こうと思っております。
常山真定一の豪傑といわれたあなたさまは、敬のこの決意に賛同してくださるでしょう?」
敬が水を向けると、父は、じっと敬を見返す。
果たして、父がいまの次兄のことばを理解しただろうかと雲は、ハラハラしたが、やがて、父はうめくように言った。
「よきように」
それだけが聞き取れた。
「父上のお許しをいただいた。というわけで、わたしは戦場へ行く。
おっと、ちゃんと戦場では『常山真定の趙』だと派手に喧伝しておくから、それがしのあとにつづきたい、と考える弟どもは、遠慮なくつづけよ」
「義勇軍とは、まことですか、敬っ」
第一夫人の嘆きの声を皮切りに、それまで和やかであった食卓に、動揺がひろがった。
その思惑はさまざま。
第一夫人は、純粋に母親として悲嘆に暮れるし、長兄は、勝手に話を決めたと怒るし、第一夫人に取り入ろうとする母親たちは、ここぞとばかりに同情するそぶりを見せる。
敬がいなくなることで、財産の配分が上がると読んだほかの弟たちは、勇気あることだと褒め称えてはいるが、きっと腹の中では、してやったり、の笑みを浮かべているのだろう。
蜂の巣をつついたような騒ぎの収拾にかかったのは、袁家のあるじであった。
「ご一同、静まりなされ。お父上が驚かれておりますぞ」
ものは言いようだな、と思いつつ、雲は父親のほうを見た。
本来、騒ぎの収拾をつけるべき父親は、何も興味がなさそうなうつろな眼で、息子と妻たちの起こす騒ぎを、ぼんやりながめているだけ。
それでも、まだざわめき続ける一族に、袁家の主は、ぱん、と手を打って、みなの注目をあつめた。
そうして、なにごとか、と集まった視線を見回し、それから雲の父親を見る。
雲の父親は、何かをうめくようにつぶやいた。
すると、雲の父親よりは、長兄のほうに年が近い袁家のあるじは、真剣な顔をして、大きくうなずく。
なにかある。
ただならぬ雰囲気を察し、しん、と静まりかえった一族に、袁家のあるじは言った。
「このはなしは、もうすこし先にしたほうがよいかと思うておりましたが、仕方ない。
天下は乱れ、敬が義勇軍として旅立つことになり、この家も、わが一族も、そして常山真定も明日どうなるかわからぬ状況ゆえ、この機にご一堂にお伝えしておくことにした。
ご一堂はすでにご存じのとおり、我が家には跡取り娘とでもいうべき、十六になる娘が一人おる。
ざんねんながら息子はいない。
そこでわれら袁家は、わが娘に対し、趙家のご子息のなかからひとりを婿をむかえたいとかねてより思うておりました。
ついさきほど、婿取りのおゆるしを趙大人よりいただいたことを、この場を借りて報告させていただく」
ざわめきで興奮していた敬以下の息子たちは、生々しい話に、それぞれ身をこわばらせた。
権勢家の袁家の婿になれる。
こんないい縁談はほかにない。
長兄がすでにがっちりと実権をにぎっている趙家にのこって、肩身の狭い思いをして冷や飯食いをつづけるよりは、ずっとよい。
「で、婿に行くのは、だれです?」
息子たちのひとりが、緊張した口調で問いかける。
すると、世渡りの上手な袁家のあるじは、ほがらかに笑いつつ、
「いやいや、お急ぎなさるな。
いまはまだ、ご兄弟のなかから、おひとりを婿に迎えることを趙大人にご承認をいただいた、というだけ。
具体的なところまでは、まだなにも。
なにせこちらの家のご子息は、みなさま優秀でおられる。
われらとしても、どなたをわが愛娘の婿として迎えてよいものか、決めかねているのですよ」
だが、そういいながらも、袁家の主は、ちらちらと、末っ子である雲のほうを何度か見てきた。
雲の兄たちと、兄たちの母の、憎悪と羨望の視線が、徐々に、雲にあつまっていく。
そのなかで、敬だけが、癪にさわるほど、にやにやと、意味ありげな笑みを浮かべつづけていた
つづく
敬は、全員の視線を浴びていることを楽しんでいるかのように、一同をじっくり見まわしつつ、ゆっくりと言った。
「このたび、義勇軍に入ることと相成った。
それがしは、そこで大いに軍功をたてて名を成し、身を立てる。
二度とここには戻らぬつもりだ」
「なんだと、おまえのような優男に、義勇兵なんぞできるものか」
袁家のあるじの悲鳴にも似た声に、敬はにやり、と不敵な笑みを浮かべた。
「それがしが、だれの子か忘れてもらっては困る。
常山真定の趙家のあるじといえば、この近在の悪人どもが震えあがるほどの槍の名手であった。
その父の血を引き継ぐおれさ。出世はまちがいないであろう」
「む、たしかにおまえの父君は、この近辺で知らぬものがないほどの剛力であったが」
「そうだとも。父上、お国を荒らす不届きな賊を退治するため、敬は働こうと思っております。
常山真定一の豪傑といわれたあなたさまは、敬のこの決意に賛同してくださるでしょう?」
敬が水を向けると、父は、じっと敬を見返す。
果たして、父がいまの次兄のことばを理解しただろうかと雲は、ハラハラしたが、やがて、父はうめくように言った。
「よきように」
それだけが聞き取れた。
「父上のお許しをいただいた。というわけで、わたしは戦場へ行く。
おっと、ちゃんと戦場では『常山真定の趙』だと派手に喧伝しておくから、それがしのあとにつづきたい、と考える弟どもは、遠慮なくつづけよ」
「義勇軍とは、まことですか、敬っ」
第一夫人の嘆きの声を皮切りに、それまで和やかであった食卓に、動揺がひろがった。
その思惑はさまざま。
第一夫人は、純粋に母親として悲嘆に暮れるし、長兄は、勝手に話を決めたと怒るし、第一夫人に取り入ろうとする母親たちは、ここぞとばかりに同情するそぶりを見せる。
敬がいなくなることで、財産の配分が上がると読んだほかの弟たちは、勇気あることだと褒め称えてはいるが、きっと腹の中では、してやったり、の笑みを浮かべているのだろう。
蜂の巣をつついたような騒ぎの収拾にかかったのは、袁家のあるじであった。
「ご一同、静まりなされ。お父上が驚かれておりますぞ」
ものは言いようだな、と思いつつ、雲は父親のほうを見た。
本来、騒ぎの収拾をつけるべき父親は、何も興味がなさそうなうつろな眼で、息子と妻たちの起こす騒ぎを、ぼんやりながめているだけ。
それでも、まだざわめき続ける一族に、袁家の主は、ぱん、と手を打って、みなの注目をあつめた。
そうして、なにごとか、と集まった視線を見回し、それから雲の父親を見る。
雲の父親は、何かをうめくようにつぶやいた。
すると、雲の父親よりは、長兄のほうに年が近い袁家のあるじは、真剣な顔をして、大きくうなずく。
なにかある。
ただならぬ雰囲気を察し、しん、と静まりかえった一族に、袁家のあるじは言った。
「このはなしは、もうすこし先にしたほうがよいかと思うておりましたが、仕方ない。
天下は乱れ、敬が義勇軍として旅立つことになり、この家も、わが一族も、そして常山真定も明日どうなるかわからぬ状況ゆえ、この機にご一堂にお伝えしておくことにした。
ご一堂はすでにご存じのとおり、我が家には跡取り娘とでもいうべき、十六になる娘が一人おる。
ざんねんながら息子はいない。
そこでわれら袁家は、わが娘に対し、趙家のご子息のなかからひとりを婿をむかえたいとかねてより思うておりました。
ついさきほど、婿取りのおゆるしを趙大人よりいただいたことを、この場を借りて報告させていただく」
ざわめきで興奮していた敬以下の息子たちは、生々しい話に、それぞれ身をこわばらせた。
権勢家の袁家の婿になれる。
こんないい縁談はほかにない。
長兄がすでにがっちりと実権をにぎっている趙家にのこって、肩身の狭い思いをして冷や飯食いをつづけるよりは、ずっとよい。
「で、婿に行くのは、だれです?」
息子たちのひとりが、緊張した口調で問いかける。
すると、世渡りの上手な袁家のあるじは、ほがらかに笑いつつ、
「いやいや、お急ぎなさるな。
いまはまだ、ご兄弟のなかから、おひとりを婿に迎えることを趙大人にご承認をいただいた、というだけ。
具体的なところまでは、まだなにも。
なにせこちらの家のご子息は、みなさま優秀でおられる。
われらとしても、どなたをわが愛娘の婿として迎えてよいものか、決めかねているのですよ」
だが、そういいながらも、袁家の主は、ちらちらと、末っ子である雲のほうを何度か見てきた。
雲の兄たちと、兄たちの母の、憎悪と羨望の視線が、徐々に、雲にあつまっていく。
そのなかで、敬だけが、癪にさわるほど、にやにやと、意味ありげな笑みを浮かべつづけていた
つづく
※ いつも当ブログに遊びに来てくださっているみなさま、ありがとうございます!
そして、ブログ村およびブログランキングに投票してくださっているみなさまも、大感謝でーす♪
GWに向けて、いろいろやることがいっぱいあって、大忙しです。
みなさまも、コロナ明けということで、いろいろご予定がおありでは?
とはいえ、コロナウィルスが死滅したわけではないので、おたがい気を付けて過ごしましょうね。
ではでは、今日もよい一日をお過ごしください('ω')ノ