はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
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地這う龍 序章 その1 返って来た密書

2023年12月01日 10時09分18秒 | 英華伝 地這う龍
首《こうべ》を垂れてみのる稲穂《いなほ》の香ばしいにおいにつられて漂ってきたわけでもなかろうが、新野城の外から、大きなとんぼが広間にまぎれこんできた。
これがふだんなら、だれか気の利いた者がとんぼを外へ追い出すのだが、今日ばかりはだれもが緊張していることもあり、知らん顔をしている。
とんぼはゆうゆうと劉備の近くまで飛んでいったが、その途中で、止まり木にいるはやぶさに気づいたようで、あわてた様子で引き返していった。


その姿を視界の横におさめつつ、趙雲は、広間の中央で、止まり木のはやぶさとともにいる陳到《ちんとう》に目をやる。
陳到は、めずらしく神妙な顔をしてはやぶさの運んできた密書をていねいにひろげていた。


密書には鄴都《ぎょうと》と許都《きょと》のそれぞれの細作を束ねる男からの情報が書かれている。
内容は、ずばり、曹操が荊州に侵攻するか否か、の情報だ。
だれもがかたずを呑んで様子を見守っているなか、張飛だけが焦《じ》れたらしく、言った。
「やっぱり曹操は来ないんじゃないかな、秋だし」
張飛は自分にだけ聞こえるように、となりの関羽にささやいた、つもりらしい。
だが、もともとの地声がおおきいこともあり、静まり返った広間に、かえって響いてしまった。
広間につどっていた劉備の家臣たちは、ほぼ全員が、張飛に注目する。
張飛は気まずそうに首をすくめ、関羽は関羽で、ぽかりと張飛の頭を小突《こづ》いてたしなめた。
「ばかもの、安易に憶測を言うな」
「でもよ、兵法では、秋になったら兵を動かさないものなのだろう? 
自分は兵法の大家だって自慢している曹操の野郎が、あえて秋に兵をうごかすかなあ?」


張飛の言うことはもっともだなと、趙雲は感心した。
飲んべえの張飛も、すこしずつ進化しているようである。
ほかの者もおなじようにかんじたものか、張飛のことばに目をみはっている。


ただ、満座のなかで孔明だけは、張飛のほうは気にせず、じっと陳到のほうを観察しているようだった。
趙雲のいる場所から、孔明の顔は横顔しか見えなかったが、いつも晴れ晴れとしているその顔が、ひさしぶりにこわばっているのが見て取れた。
それはそうだろう。
陳到の手に取っている密書の内容によっては、みなの運命が大きく変わる。
そのことをだれよりもわかっているのが、軍師の孔明なのである。
一方で、陳到のかたわらにいるはやぶさは、人のことばはわからないだろうに、張飛のことばに、ふしぎそうに首をひねっていた。


「叔至《しゅくし》(陳到)よ、もったいぶらずに内容をおしえてくれよ、曹操のやつは来るのかい、来ないのかい」
急《せ》かす張飛を関羽がまた小突く。
「これ、兄者が最初に密書を読むのだ、おまえじゃない」
「ふん、みんなにかかわることじゃないか、早く教えてくれよ。
場合によっちゃあ、おれは武器庫に戻って、すぐさま武器の手入れをしなくちゃならなくなるんだぜ」
「おまえの場合、酒でも飲んで景気をつけようとか言い出すかと思ったが」
「ひどい言い方だなあ、おれだって、曹操のうごきに関心があらぁな。
兄者はおれを無学だと思ってばかにしてばかりいる。
左氏春秋伝《さししゅんじゅうでん》を読んでいるのは自分だけだとおもうなよ、おれだって、さいきんはいろいろ書物に手を伸ばしているのだ、なあ、軍師」


趙雲としては初耳だった。
水を向けられた孔明は、不意を突かれたような顔をして張飛のほうを向き、それからやわらかな笑みを浮かべた。
「わたしのほうから、何冊か書物をお貸ししました。
益徳どのの熱心さには、教えられるところがあります」
孔明のことばが意外だったのか、関羽は目を開き、
「ほんとうなのか」
とうめいた。
「ほら、兄者はおれをばかにしているというのだ。
まったく、兄者もときどきおれを、あの襄陽《じょうよう》に行く途上で会った劉巴《りゅうは》とかいうやつと同じ目で見る。
おれをただの猪武者《いのししむしゃ》だとおもっている目だ」
「いじけるな、悪かった」
関羽は笑いながら言って、かわいい義弟の肩を軽くゆすった。


劉備のかたわらにいた劉封《りゅうほう》が、張飛のことばを受けて、孔明にたずねた。
「劉巴というやつ、はやばやと曹操に降《くだ》ったと聞いた。
軍師どのは、劉巴という人物について、くわしいと聞いているが?」
「優秀な男です。かれがまだ若輩のときから劉州牧(劉表)はかれに仕官をさせたがっていたほどだといいます。
しかし、劉州牧に先はないと感じていたのか、あるいは馬が合わなかったのか、それはわかりませぬが、かれは劉州牧のもとへはいかなかった。
そのために、命を狙われることになったのです」
「命を狙うとは、おだやかではないな」
「生かして敵に回られるより、殺したほうが良いと判断したのでしょう」
孔明はさらりと残酷なことを口にする。
それを聞いたほかの家臣たちが、ざわめいたほどだった。
「劉巴が曹操についたところで、情勢に大きな差はありますまい。
ただ、かれが曹操が荊州へ侵攻するだろうと読んだということは重要視すべきかと」


趙雲はそのやり取りを聞いて、孔明が劉巴に対し、だいぶ信頼を置いているようだと感じた。
張飛は劉巴に悪い印象を受けたようだが、孔明は劉巴に悪い印象をもっていないようなのだ。


「劉巴が早とちりしたのか、あるいは情勢を正しく読んだかは、その密書をみればわかる」
劉備が重々しく言う。
そのひとことで、満座の視線は、ふたたび陳到に寄せられた。
陳到は場を読む男である。
いつもならば、飄々《ひょうひょう》とした顔をしたまま、ろくでもない冗談を飛ばすところだが、今日は場をわきまえて、真面目な顔でしずしずと前に進み出て、密書を劉備に渡している。


つづく

※ 再開しました、長坂の戦いの章!
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