はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
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臥龍的陣 涙の章 その63 花と龍

2022年11月21日 10時13分51秒 | 英華伝 臥龍的陣 涙の章
孔明が眉をきつくしかめたのを見て、花安英《かあんえい》は、力みを抜いて、顔をあきれさせる。
「なんだ、あなたはわたしを『狗屠《くと》』だと思っていたのですか」
「ちがうのか? 娼妓を殺したのも?」
「それ以上言ったら、この部屋から一生出しませんよ、軍師。
わたしは手ごたえのある者しか斬らない。でなけりゃ腕が鈍る。
娼妓なんて殺すものですか。
そんな暇があったなら、まっすぐ曹操の首を取りにいったでしょうよ」
「ふむ」

孔明は、憤りをふくめて答える花安英の言葉に、嘘がないことを感じ取っていた。
花安英の言葉には、優秀な武人たちに共通する、誇り高さ、真摯さがある。

「程子文《ていしぶん》の遺体は、判別がつかないほどバラバラに刻まれていた。
その理由はわかるか?」
花安英は、痛ましいほどにつよく目を瞑《つむ》って、深く息を吐く。
程子文の無残な姿が、脳裏から離れないにちがいない。
「見せしめのためですよ。わたしを『壷中』に繋ぎとめるための。
さっきも言ったけれど、弟の一人がああいう形で曹操から送り返されてきて、わたしも程子文を理解できるようになっていた。
もうすこし時間があったら、以前のようにはいかなくても、仲たがいを詫《わ》びるくらいはできたかもしれないのに」

花安英は、その長いまつげを伏せて、悲しげにつぶやく。
その悼みは本物だ。
とすると、花安英は『狗屠』ではない。
では、だれが『狗屠』なのだ? 
この奇妙な祭壇にささげられた供物《くもつ》を用意したのはだれなのだ?

「軍師、ひとつ聞かせて欲しいのですけれど」
「なんだね」
「あなたが劉公子に、蔡瑁と母のことを告げなかったのは、なぜですか?」
「単純なことだよ。そんな話を利用して、うまく襄陽を劉公子に継がせることができたとして、めでたいのは一時だけ。曹操はかならずやってくる。
劉公子では、曹操に対峙することはできまい。襄陽城の内部の状況だけを見れば、荊州を継げないということは不幸に見える。
だが、全国的な目線からすれば、この時期に荊州を継がねばならぬというのは、貧乏くじもよいところだ。
その貧乏くじをわざわざ欲しいという連中がいるのだから、くれてやればよい。
つまり、この状況では、君の母上の恥を、世間に公表する必要が、どこにもないのだよ。
男が女にしてはならぬことのひとつは、女の名誉を傷つけるような風聞を、流してはいけないことだぞ。
それに、劉公子には、もっとよい働き場所がある」

「詭弁でしょう。よい死に場所が、と正直におっしゃればよいのに。
あの方は、いつまでもつのです」
容赦ない物言いに戸惑いつつ、孔明は正直に答えた。
「わたしは医者ではないから正確なところは判らぬ。
だが、あの顔色からゆけば、そう長くはなかろうな」
「そうですか。わかりました」
花安英は、長い睫毛に縁どられた大きな瞳を閉じた。

花安英が、劉琦をどう思っているのかわからないが、この少年も、程子文ほどではないにしろ、劉琦を慕っているのだろうか。

さて、と花安英は、手にしていた小刀を懐にしまい、黒染めの衣に着替えて、気分を入れ替えるように、腕をまわす。
「どこへいくのだ」
孔明が怪訝そうにすると、花安英は眉をひそめた。
「決まっているでしょう。話は何も変わっておりませぬよ、軍師。母を殺しに行くのです」
「待て。もうすこし話をしよう。だまって見過ごすわけにはいかぬ」

花安英をとめるべく、孔明は地下室の入り口に立ったが、花安英のほうは、まるで動じず、むしろ孔明の頬に、ふたたび、ぴたりと刃を押しつけてきた。
冷たい感触が頬から全身に伝わっていく。

「あなたのお許しはいりません。わたしはわたしの仕事を片づけに行く。それだけです。
それとも、どうしても止めたいというのであれば、わたしと一緒についていらっしゃい」
そう言って、花安英は秀麗な白い顔に、残酷な笑みをうかべてみせた。

つづく


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おかげさまで「臥龍的陣」の続編の制作のめどが立ってきました(*^▽^*)
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これからもがんばりますので、引き続きごひいきに!
あと、今日は余裕があったら、また近況報告などさせていただきまーす、よろしくお願いします。


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