「そうだ、笑うと力が湧いてくるからな。
俺のよく知っているやつも、なにがおかしいのやら、よく笑っているぞ。
誰からも無視されても、いつも笑っていた。
そうだ、さっきの食糧のたとえに話をもどすか。
手元に食糧はない。家族はみな飢えている。
隣の村には食糧があるが、頼んでもどうしても分けてもらえなかった。
そのようなとき、その男は変わっている。
ありとあらゆる方法をつかって、食糧を分けてもらう方法を考えるのだ。
凡人ならば、十の方法を試して諦めて武器を取る。
賢人ならば、百の方法を試して諦める。
だが、そいつは千も万も、だれもが納得するまで、とことん考えて、だれもできやしないとおもっていたことを実行してしまうのだ。
それでいてあまりに当たりまえの顔をしているので、最初は、あいつでなくっても、自然とこうなったのさと、だれもが思う。
だが、後になって考えると、やはりそいつがそこにいなければ、だれも助からなかったということが知れてくる。
なのに、そいつはすこしも威張ったりしない。
ちょっと人より、変わった方法を見つけるのがうまいのだといって、人を救ったことを誇らない」
「そのお方も諸葛孔明さま? へんなひと」
軟児は泣きやんで、笑い声をたてた。
「そうだ。おもしろいやつだ。
きっとおまえたちに会わせてやろう。そいつは俺の」
あなたは、ほかのだれでもない、この孔明の主騎なのだ。
新野で言った孔明の、柔らかな笑顔が浮かんだ。
主騎か。
それでもいい。俺はおまえを、こう思おう。
「俺のいちばんの友だ」
「でも、男は闘うべきときがある、って、うちの父ちゃんは言っていたよ」
少年たちのなかでも器用なニキビ面の子玲少年が、|鏃《やじり》をごりごりと動かしながら、趙雲の背後で口を尖らせた。
「それも一理ある。でも、人殺しなんて、しないほうがいい。
おまえたちは、人が死ぬさまというものを見たことはあるか?」
「ない…殴られているのをみたことは、あるけれど」
子供たちは、毎日のように潘季鵬に殴られる趙雲に気を使ってか、声を落として言った。
「殺すのを見るのも、実際に手を下すのも、いいものではないぞ、すこしも。
人は、一人でも死なないほうがいい。敵が味方になるほうがいい」
「わたしもそう思います」
泣くのをやめた軟児が、さらに趙雲に身を摺り寄せるようにしてことばを合わせた。
そして、真っ直ぐ趙雲を見て、たずねる。
「子龍さまにはご家族がいるの? わたしたちのような子がいる?」
「いない。妻も子もない。そうだな、新野の連中が、おれの家族なのだ。
おれは、いままであまりに多くの死を作り出しすぎた。
その点だけは、いまいましいことに、あの潘季鵬のことばは当たっているのだ。
武人であり続けるかぎり、おれは人としてなにも生まず、破壊することのみを義務として、これからも生きていくのであろう」
しかし、それは、だれの意志でもない。
おれはおまえの命令によって動く。
趙雲は、ここにはいない龍に呼びかけるようにして思った。
「おれは、だれかの親にならない代わりに、おまえたちのように、寄る辺ない者たちの親となるのだ。
おまえたちが、ほんとうの父上、母上のもとに戻れるまで、おれはおまえたちの親となろう」
だれと限ったものではなく、皆を救う。
孔明が尊大なまでに明るく笑っていられるその意味を、趙雲はこのとき、真の意味で理解した。
ふと、表ががやがやと騒がしくなる。
馬車が、がくりと止まった。
ひといきついた馬のいななきが聞こえてくる。
樊城の隠し村についたのかもしれない。
板の隙間から、あふれんばかりの蝉の声が攻め入ってくるかのように聞こえてきた。
蛙の声が聞こえないところからして、水場が遠い。
山中なのであろう。
馬車の小窓を除いていた張著が、声を強ばらせ、振り返った。
「樊城の隠し村についたみたいだ。だれか、こちらへくるよ」
趙雲の縄を、懸命に、あとすこし、あとすこしとつぶやきながら削っていた子玲少年が、顔をあげる。
「たいへんだ」
いいつつ、子玲少年は、機転をきかせて、あと親指ほどの長さを切りさえすれば、完全に外れてしまうであろう縄に、汗をふくために首にまいていた手ぬぐいをまきつけ、くずをあたりに散らした。
そうして、やってくる大人たちを待った。
つづく
俺のよく知っているやつも、なにがおかしいのやら、よく笑っているぞ。
誰からも無視されても、いつも笑っていた。
そうだ、さっきの食糧のたとえに話をもどすか。
手元に食糧はない。家族はみな飢えている。
隣の村には食糧があるが、頼んでもどうしても分けてもらえなかった。
そのようなとき、その男は変わっている。
ありとあらゆる方法をつかって、食糧を分けてもらう方法を考えるのだ。
凡人ならば、十の方法を試して諦めて武器を取る。
賢人ならば、百の方法を試して諦める。
だが、そいつは千も万も、だれもが納得するまで、とことん考えて、だれもできやしないとおもっていたことを実行してしまうのだ。
それでいてあまりに当たりまえの顔をしているので、最初は、あいつでなくっても、自然とこうなったのさと、だれもが思う。
だが、後になって考えると、やはりそいつがそこにいなければ、だれも助からなかったということが知れてくる。
なのに、そいつはすこしも威張ったりしない。
ちょっと人より、変わった方法を見つけるのがうまいのだといって、人を救ったことを誇らない」
「そのお方も諸葛孔明さま? へんなひと」
軟児は泣きやんで、笑い声をたてた。
「そうだ。おもしろいやつだ。
きっとおまえたちに会わせてやろう。そいつは俺の」
あなたは、ほかのだれでもない、この孔明の主騎なのだ。
新野で言った孔明の、柔らかな笑顔が浮かんだ。
主騎か。
それでもいい。俺はおまえを、こう思おう。
「俺のいちばんの友だ」
「でも、男は闘うべきときがある、って、うちの父ちゃんは言っていたよ」
少年たちのなかでも器用なニキビ面の子玲少年が、|鏃《やじり》をごりごりと動かしながら、趙雲の背後で口を尖らせた。
「それも一理ある。でも、人殺しなんて、しないほうがいい。
おまえたちは、人が死ぬさまというものを見たことはあるか?」
「ない…殴られているのをみたことは、あるけれど」
子供たちは、毎日のように潘季鵬に殴られる趙雲に気を使ってか、声を落として言った。
「殺すのを見るのも、実際に手を下すのも、いいものではないぞ、すこしも。
人は、一人でも死なないほうがいい。敵が味方になるほうがいい」
「わたしもそう思います」
泣くのをやめた軟児が、さらに趙雲に身を摺り寄せるようにしてことばを合わせた。
そして、真っ直ぐ趙雲を見て、たずねる。
「子龍さまにはご家族がいるの? わたしたちのような子がいる?」
「いない。妻も子もない。そうだな、新野の連中が、おれの家族なのだ。
おれは、いままであまりに多くの死を作り出しすぎた。
その点だけは、いまいましいことに、あの潘季鵬のことばは当たっているのだ。
武人であり続けるかぎり、おれは人としてなにも生まず、破壊することのみを義務として、これからも生きていくのであろう」
しかし、それは、だれの意志でもない。
おれはおまえの命令によって動く。
趙雲は、ここにはいない龍に呼びかけるようにして思った。
「おれは、だれかの親にならない代わりに、おまえたちのように、寄る辺ない者たちの親となるのだ。
おまえたちが、ほんとうの父上、母上のもとに戻れるまで、おれはおまえたちの親となろう」
だれと限ったものではなく、皆を救う。
孔明が尊大なまでに明るく笑っていられるその意味を、趙雲はこのとき、真の意味で理解した。
ふと、表ががやがやと騒がしくなる。
馬車が、がくりと止まった。
ひといきついた馬のいななきが聞こえてくる。
樊城の隠し村についたのかもしれない。
板の隙間から、あふれんばかりの蝉の声が攻め入ってくるかのように聞こえてきた。
蛙の声が聞こえないところからして、水場が遠い。
山中なのであろう。
馬車の小窓を除いていた張著が、声を強ばらせ、振り返った。
「樊城の隠し村についたみたいだ。だれか、こちらへくるよ」
趙雲の縄を、懸命に、あとすこし、あとすこしとつぶやきながら削っていた子玲少年が、顔をあげる。
「たいへんだ」
いいつつ、子玲少年は、機転をきかせて、あと親指ほどの長さを切りさえすれば、完全に外れてしまうであろう縄に、汗をふくために首にまいていた手ぬぐいをまきつけ、くずをあたりに散らした。
そうして、やってくる大人たちを待った。
つづく
※ いつも当ブログに遊びに来てくださっているみなさま、ありがとうございます(*^▽^*)
そして、ブログ村およびブログランキングに投票してくださっているみなさまも、感謝です!
ありがたいことに、なろうのほうで、PVが2万1千をそろそろ超えそうです。
思いもかけず、たくさんの人に見ていただけているようで、うれしいです。
今後もがんばります!
みなさまも、よい一日をお過ごしくださいませー('ω')ノ