帯とけの古典文芸

和歌を中心とした日本の古典文芸の清よげな姿と心におかしきところを紐解く。深い心があれば自ずからとける。

帯とけの枕草子〔六十〕暁にかへらん人は

2011-05-03 00:03:45 | 古典

 

                              
                    帯とけの枕草子
〔六十〕暁にかへらん人は

 

 

言の戯れを知らず「言の心」を心得ないで読んでいたのは、枕草子の文の「清げな姿」のみ。「心におかしきところ」を紐解きましょう。帯はおのずから解ける。


 

清少納言 枕草子〔六十〕暁にかへらん人は


 暁にかへらん人は、さうぞくなどいみじううるはしう、ゑぼうしのお、もとゆひ、かためずもありなんとこそおぼゆれ。いみじくしどけなく、かたくなしく、なをし、かりきぬなど、ゆがめたりとも、誰か見しりてわらひそしりもせん。
(暁に帰る人は、装束をとくに麗しくし、烏帽子の緒、髪の元結を、固く結ぶこともないのだと思う。かなり無造作で、無頓着に直衣、狩衣などゆがめていても、誰が見知って笑い謗ったりするでしょうか……暁に、繰り返そうとする男は、衣服をきっちり調えたり、え奉仕のお、元むすび堅めなくともいいのだと思う・又乱れるしお互い疲れているのだから、とってもしどけなく、かたくなになって、汝お子、かりきぬなど、ゆがんでいても、だれも見て、知っても笑ったりするか・しないよね)。

 

言の戯れと言の心

「暁…男が朝帰る頃…赤突き」「赤…元気色」「かへらん…帰ろうとする…元に返ろうとする…繰り返そうとする」「ゑぼうし…烏帽子…え棒子…ええおとこ…え奉仕」「かみ…髪…上…女」「かりきぬ…狩衣…かりするころも…かりする心身」「衣…心身の換喩」「しどけなく…無造作に…しどろもどろで」「かたくなしく…頑固で…言うこときかないさまで」「なをし…直衣…汝お子…その子の君」「見…覯…媾…まぐあい」。


 

男はやはり暁のありさまが、おかしいでしょう。

わけもなく、しぶしぶと起き難たそうなのを、強いてそそのかして、「明けてしまったわよ、あら見苦しい……果ててしまったのね、ああ見ぐるし」などと言われて、ちょっと嘆く気色も、実際、あかず(目も開かず…心も飽かず)もの憂いだろうと見える。

指貫なども、座ったままで着ようともせず、先ずさし寄って、夜言ったことの名残りを女の耳に言い入れて、何をするというのでもなさそだけれど、おひなどゆふ(帯など結う…感極まったこと言う)。格子押し上げ、つまとある所はやがてもろともにゐていきて(妻戸ある所はそのまま諸共に連れだって行って…つま門或るところはそのままもろ共に連れだって逝って)、昼間のものさみしいことなども言い出して、すべり出るなんてのは、見おくられて(見送られて…見て宮こへ送られて)、名残惜しさも、をかしかりなん(情緒あるでしょう…すばらしいかりでしょう)。

 思い出す所があって、ぱっと起きて、がさがさと動きまわって、指貫の腰ごそごそと革紐は結び直し、上の衣も狩衣も袖をまくって、よろずのもの差し入れ、帯をたいそうに確りと結びおわって、きちんと座り、烏帽子の緒、きりりと強めに結んで、手で擦る音して、扇、畳み紙など、昨夜枕元に置いたのだが、ひとりでに引き離され散らばったのを求めるのに、暗かったのでどうして見当たるだろうか、どこだどこだと、叩きまわって見つけ出して、扇をはたはたと使い、懐紙差し入れて、「まかりなん(退出する)」とだけ言ったりもするでしょう(こんなのは不愉快ね)。

 

言の戯れと言の心

 「おび…帯び…おひ…追い…感の極まり」「つまど…妻戸…ひらき戸…つま門…女」「ある所…或るところ…宮こ…絶頂」「見…覯…まぐあい」「かり…狩り…あさり、むさぼり」。

 

 この文は、おとなの女たちが「そうよね」と微笑んで読めばいいのである。

壱千年隔たっていても、言葉を全て同じくさえすれば、今の人も微笑みながら読めるでしょうか。

 

伝授 清原のおうな

聞書  かき人しらず  (2015・8月、改定しました)

 

枕草子の原文は、新 日本古典文学大系 枕草子 (岩波書店)による