帯とけの古典文芸

和歌を中心とした日本の古典文芸の清よげな姿と心におかしきところを紐解く。深い心があれば自ずからとける。

帯とけの枕草子〔七十九〕返としの二月

2011-05-26 00:09:40 | 古典

  



                                    帯とけの枕草子〔七十九〕
返としの二月



 言の戯れを知らず「言の心」を心得ないで読んでいたのは、枕草子の文の「清げな姿」のみ。「心におかしきところ」を紐解きましょう。帯はおのずから解ける。



 清少納言 枕草子〔七十九〕
返としの二月

 
 翌年の二月二十日すぎ、宮が識の御曹司へ出られたお供には参らないで、梅壺に残っていた。次の日、頭中将(藤原斉信)のお便りということで、「昨日の夜、鞍馬寺に詣でたが、今宵、方角が悪いので、方違えに行く(行先が忌む方角のとき前夜に他の方角へ泊まりに行くこと)。未明に返るつもりだ。必ず、言いたいことがあるので、あまり戸を叩かせないように、待っていてくれ」とおっしっていたが、「局に独りでどうしているの、ここにねよ(こちらでおやすみ)」と御匣殿(宮の妹君)がお召しになったので参上した。久しく寝坊して起きて、局に下がったところ、留守居の女・「ゆんべ、たいそう人が戸をお叩きになったので、かろうじて起きましたら、『(少納言は)上にか、居るならこうして来たと言い伝えよ』と言うことでしたけど、よもやお起きにはならないと言って、ふし侍りにき(寝てしまいました)」と語る。心もなの事や(情の無いことよ…情の無いことかな)と聞いているところに、主殿司(例の女官)が来て、「頭の殿(斉信)が申しておられます『ただい、退出してそちらに行く、言いたいことがある』と」と言うので、「執務があって、上にですね、参ります。そこにて」と言ってやった。

局では簾などを引き開けられるかもしれないと、胸がどきどきして煩わしいので、梅壺の東面の半蔀を上げて、「ここに」といえば、すばらしい様子で歩み出られる。桜の綾の直衣がとっても華やかで、裏の艶など、いいようのないほど美しいうえに、葡萄染のたいそう濃い色の指貫は、藤の折枝が目を見張るばかりに織りみだれ、出だした内着の紅の色、光沢など輝くばかりに見える。白いの、薄色など下にたくさん重なり、狭い縁に片足かけ片一方は下のままで、少し簾のもと近くに寄っておられるのが、まことに絵に描いたり、物語で素晴らしいことにいうのは、これこそそうなのだと見える(まさに錦の帳のもとに居る男を演じているようだ)。

 御前の梅は、西のは白く東は紅梅で少し散り落ちかけているけれども、なお趣があって、うららかで日ざしはのどかで、人にも見せてあげたい。御簾の内に、まして若やかな女房などが髪麗しくこぼれかかって、などといった様子で話の応対をしていたのならば、いま少し趣もあり見所もあろうが、お相手は全く盛り過ぎた古びた女の、かみなどもわがにはあらねばにや所々わなゝきちりぼひて(髪なども我が地毛でないからか、それでかな、所々ぶるぶると震えるようにちりぢりとなって…ちぢれ髪なもので)、大方の人は(故関白道隆の喪中のため)服色の異なる頃であったので、有るか無きかの薄い鈍色の、かさねても色の区別も見えない衣ばかりをたくさん着重ねていても、つゆも見栄えしない。宮がいらっしゃらないので裳も着ていない袿姿で居るのも、物そこなひにて口惜けれ(ぶち壊しでおきのどくなことよ・まさに、草の庵、粗野な女でしょう)。

 「職の御曹司へですね、参る。ことづけなどありますか。あなたはいつ参りますか」などとおっしゃる。

「それにしても、昨夜未明に、それでも、かねてからそう言ってあるから待って居るだろうと、月がたいそう明るいので、西の京という所より来て、そのまま局の戸を叩いたとき、出て来た女の、かろうじて寝ぼけ起きた様子、応対のはしたなさ」などと語って、わらひ給ふ(お笑いになられる)。

「むげにこそ思ひうんじにしか(やたらうっとしい女だと思ったよ…やたらうっとしい男だと思われたのだな)、どうしてあんな者をば置いといたのだ」とおっしゃる。確かにそうでしょうと、をかしうもいとほしうもありし(おかしいやらおかわいそうでもあった)。しばらく居て退出された。外より見る人ならば、興味深くて内にどんな女人が居るのだろうと思うでしょう。奥の方より見られるわが後ろ姿こそ、外にそのようなご立派な人がとは、思えないでしょうよ。

 くれぬればまゐりぬ(日暮れたので参上した・明るいときは苦手なもので)。御前に人々たいそう多く、殿上人らも侍って居て、物語の良し悪し、難点などを指摘しては貶している。涼、仲忠など(宇津保物語の登場人物)のことを、宮も優劣などを論じておられた。「(少納言殿)先ずは、これは如何に。さっそく判断なされよ。仲忠の童子のころの生活の怪しさを、宮は重大に仰せになっておられます」などというので、「どういたしまして、涼は琴などを天人が降りて来るだけの弾きっぷりで、とっても悪い人です。仲忠のように帝の御娘を得たでしょうか」というと、仲忠方の人も、ところを得て、「そうですとも」などと言っているときに、「そのことなどよりは、昼、斉信が参ったのを見ると、そなたなら・どんなにか愛で惑うであろうかと思いましたよ」と宮が仰せになられると、女房たちも「そうよ、ほんとに、いつもよりも最高よ」などと言う。「まず、そのことを申し上げようと思って参りましたのに、物語のことに紛れて」と、あった事情をお聞かせすれば、女房たち、「ぬひたるいと、はりめまでやは見とほしつる(服の縫い糸や針目までは見通したか…斉信の心の意図や些細なところまで見透かしたか)」、とてわらふ(と言って笑う)。

 西の京のしみじみとしたことを、斉信「もろともに見る人が居たらなあと思いました。かきなども皆ふりて苔おひてなん(垣などもみな古びて苔むしていてねえ牆に地衣有りて)」などと語れば、宰相の君が、「かはらに松はありつや(瓦松有…つまらぬ女いましたか)」と応じたので、いみじうめでて(たいそう愛でて)、「にしのかた、都門をされること、いくばくの地ぞ(西方へ都の門を去ること、どれほどの地か…宮この女とどれほどかけ離れていたことか)」と口ずさんだことなど、女房たちがやかましいくらいに、いひしこそをかしかりしか(言ったのがおかしかったのだ)。


 
言の戯れを知り言の心を心得ましょう

 「だれも見つれど、いとかう、ぬひたるいと、針目までやは見とほしつる……斉信の意図や些細なことまで見透かしているので、女房たちが感心した言葉」「糸…意図」「針目…小さい…些細なこと」「垣なども皆古りて苔おひてなん…牆有衣兮…下女なども古びて苔生えていてねえ」「牆…垣…しょう…松…嬙…下女」「衣…心…地衣…苔」「瓦に松はありつや…白楽天の詩句・牆有衣兮瓦有松を踏まえて、牆に衣有りて、瓦屋に松は有りましたか…下女に情ありて、つまらぬ女房はいましたか」「瓦…瓦家…がれき…玉では無い…つまらぬ人のこと」「松…しょう…嬙…女房女官…まつ…待つ…女」「都門を去ることいくばくの地ぞ…西去都門幾多地…みやこの女とどれほどかけ離れていたことか」「門…女」。



  宰相の君の言葉を、斉信が「いみじう愛でた」のは、ただ、漢詩を知っていたからではない。男の言葉の言の心を心得ているからでしょう。

話題をを提供したので、女たちは、喧しいくらいに色々と言っている。そのことが目的なので満足すべき結果である。

ただし、斉信の方は、これでは収まらないでしょう。


 伝授 清原のおうな
 聞書 かき人知らず (2015・9月、改定しました)

 
 原文は「枕草子 新日本古典文学大系 岩波書店」による