ナワリヌイとロシア人 :240228情報
ロシアのプーチン政権への批判を続け、刑務所で「死亡した」とされる反体制派の指導者ナワリヌイ氏。プーチンの政敵の突然の死に、ロシア政府に疑いの目が向けられていますが、ロシア国内では「信じ難い説」=「ナワリヌイは、西側諜報(CIA、MI6など)によって殺された」との説が流布しているといいます。
今回の事件、本紙おなじみのロシア事情通、北野幸伯氏が以下のように解説しています。
オランダ在住、Aさんからメールをいただきました。
金曜日、ナワリヌイの死を知って・・・
ショックでした。「こんなに無謀なことばかりしていたらいずれプーチンに殺されるのに」と思っていてもショッキングな突然死でした。希望を失ったという感じです。本日のオランダやイタリアのオンライン新聞でもユリア夫人のビデオがトップです。
嘘つきばかりの中で命を賭して真実を伝えようとするのもロシア人なんでしょうか?
毒殺未遂から回復した後、ドイツから帰国した時も理解できませんでしたが、プーチンの死や失脚を待つということはできなかったのでしょうか?
志がよくて、かつ「私はプーチンになりたい」なんていう嘘をしゃーしゃーと言ってのけるロシア人はいないのでしょうか?
もっと理解できなかったのは、日経新聞の記事、「ただ、保守的な国民が多いロシアでは、ナワリヌイ氏の評価は都市部を除けば、必ずしも高くない。独立系調査機関レバダ・センターが23年1月に実施した世論調査では
同氏の活動を「評価しない」が57%を占め、「評価する」の9%を上回っていた。」
これは事実なのでしょうか?
とすれば、彼を過大評価していたのはプーチンだけということですか?
質問ばかりですみません。
Aさん、ありがとうございます! 順番にお答えしていきましょう。
〈嘘つきばかりの中で命を賭して真実を伝えようとするのもロシア人なんでしょうか?〉
これは、日本人と同じで、「いろいろな人がいる」ということでしょう。ロシアにも時々、命がけで真実を伝えようとする人がでます。たとえば、水爆開発に関わり、後に人権活動家、反体制活動家に転じたアンドレイ・サハロフ博士。
たとえば『収容所群島』を記し、ノーベル文学賞を受賞したアレクサンドル・ソルジェニーツィン。しかし、どこの国でもそうだと思いますが、「命がけで真実を伝えようとする人」は、超少数派です。普通の人は、命がおしい。それで、ロシアで反戦の人は、普通黙っています。
〈毒殺未遂から回復した後ドイツから帰国した時も理解できませんでしたが、プーチンの死や失脚を待つということはできなかったのでしょうか?〉
ナワリヌイ以外のほとんどの「反プーチン派」はそうしています。ウクライナ戦争がはじまった時、ナワリヌイや反プーチン派は「戦争反対」でした。それで、ナワリヌイの同志は、逮捕されたか、国外に脱出したかどちらかです。逮捕を逃れたナワリヌイの同志は、外国で活動を続けています。
〈志がよくて、かつ「私はプーチンになりたい」なんていう嘘をしゃーしゃーと言ってのけるロシア人はいないのでしょうか?〉
プーチン政権は、「KGB政権」ですから、表面だけプーチンに従順でも、いずれバレるでしょう。私がモスクワに行った90年、バルト三国の人から、「人のいる場所で政治の話をしてはいけない。電話で重要な話をしてはいけない。この国では、『常に聞かれていること』を決して忘れてはいけない」とアドバイスされました。
だから今なら、「メールは、読まれている。スマホは聞かれている。SNSは見られている。自宅は盗聴されている」と考えて生きていく必要があります。そういう状況下で、ウソをつきつづけることはほぼ不可能でしょう。
〈もっと理解できなかったのは、日経新聞の記事、「ただ、保守的な国民が多いロシアでは、ナワリヌイ氏の評価は都市部を除けば、必ずしも高くない。独立系調査機関レバダ・センターが23年1月に実施した世論調査では同氏の活動を「評価しない」が57%を占め、「評価する」の9%を上回っていた。」これは事実なのでしょうか? 〉
事実だろうと思います。ロシアの言論空間は、他の国同様大きく二つにわけられます。テレビとインターネットです。プーチンは、ロシアのテレビを完全に支配しています。それで、ロシアのテレビで、プーチン批判はいっさいありません。テレビでは、ナワリヌイについて、「死んだ」という事実だけが短く報じられました。
それを見ている「テレビ世代」(つまり年配の人たち)は、すでに「洗脳済み」なので、なんの感情もわいてこなかったことでしょう。そもそも「テレビ世代」は、報道されないので、ナワリヌイのことをあまり知らないのです。
では、インターネット世代はどうでしょうか?
こちらは、ナワリヌイ派と反ナワリヌイ派(=クレムリン)で、激しい情報戦が繰り広げられています。クレムリンの「説」は、なんと「ナワリヌイの死は、【 西側 】に都合がいい」というものです。断言はしていませんが、暗に「西側の諜報機関がナワリヌイを殺したのだろう」と言っているのです。
どういうロジックでしょうか?
クレムリンのロジックはこうです。ナワリヌイが亡くなるまで、西側は追い詰められていた。
なぜ?
フォックスニュースの元看板キャスター・タッカーカールソンが2月6日、プーチンにインタビューした。それが公開され、プーチンの主張が全世界に広がってしまった。「このままではプーチンの主張が拡散され、俺たち(西側)の主張のウソがばれてしまう!」と危機感をもった西側の支配者たちがナワリヌイを殺した?
その結果、世界中の注目がナワリヌイの死に集中し、カールソンのインタビューは忘れ去られた。かくして、西側の支配者は、目的を達成したと。こんなロジックです。
@ちなみに「カールソンのインタビュー、プーチンのホントとウソについて、【裏メルマガ】で書いています。興味のある方は、ご一読ください。
それにしても、「西側諜報」優秀です。ナワリヌイはヤマロ・ネネツ自治管区の刑務所に収監されていました。西シベリア、北極圏に位置するヤマロ・ネネツ自治管区の刑務所に収監されているナワリヌイを暗殺するとは・・・。
@参考、ヤマロ・ナナツ自治管区
まったくバカげた説ですが、情報を大量に流すことで、一定数の人たちが信じるようになるものです。ところで皆さん、これから日本の情報空間をじっくり観察していてください。
「ナワリヌイは、西側諜報(たとえばCIA、MI6など)によって殺された。理由は、タッカーカールソン云々」と主張する人が出てくるかもしれません。そういう人たちは、
・クレムリン情報ピラミッドを妄信している
・クレムリンに操られている
・クレムリンのエージェントである
のいずれかですから。
〈とすれば、彼を過大評価していたのはプーチンだけということですか?〉
いえ、そうではありません。ナワリヌイは、先日メルマガで紹介した三つの動画で、「プーチン神話」を完全に粉砕したのです。結果、プーチンは「神話による統治」が不可能になり、「恐怖による統治」に移行しました。
ただ、テレビ世代は、洗脳されているので、「神話の統治から恐怖の統治に移った」ことすら気づかないのです。
「よくなる」というのは、少し先の話です。短期では、混乱がつづきます。しかし、今の混乱の後には、よりよい時代が待っているでしょう。
Aさんは、ナワリヌイが亡くなって、「希望を失った」と書かれていました。アカデミー賞を受賞したドキュメンタリー映画『ナワリヌイ』の最後で、彼は
「あなたが逮捕され、収監され、あるいは殺されるとして、ロシア国民にどんなメッセージを残しますか?」と質問されました。
ナワリヌイは、答えました。「決してあきらめるな!」と。
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