カメラマンとしての滑り出しは決してはなばなしいものではなかったし
結果的に写真をやるならば、朝目新聞に入社できていたかもしれないので
少し後悔もあった。
でも、組織に属することは 私の性に合わないので、これでいいのだ。
それはそうとして、時系列的に書くことは、辞めることにしました。
理由は 読んでんでいても面白く無いから・・・です。
最初の頃は ともかく機材が限られていたので、収入があ . . . 本文を読む
見かけだけはカメラマン作戦で いろいろなこ顧客から様々な撮影を頼まれた
そのたびに いろんな要望もあり、さようか手な感じで、パターンを飲み込んでいった
歩みは遅かったかもしれない。
どっかに書いたようにシノゴも15秒で・・・なんていうのはむりだったし。
まぁ、とりあえず ぼちぼちと始めたけれど、仕事の量が増えてきて
のんびりできないので・・・となって しかも何度も書いているように
ビッ . . . 本文を読む
なんだか記録と記憶がごちゃっとしているので はしょります
自称カメラマンは 原宿で石を投げれば当たるというぐらい多いし、もどきも多い
でだしは もどきでもいいのでとりあえず色々な撮影に挑んだ。
度胸はなし 愛嬌もなし なので勝負は仕上がりを気に入るのかきにいらないのか?
そこで判断してもらい、確か気に入らないなら撮影代はいらないよ、と大見得を
きった時もある。内心ドキドキだけど、幸い気に . . . 本文を読む
そう書きながら、記憶と記録がむすびつかない。
ダイアナ妃を写した時は 私人でありでもニコンを使っていた。
京都ではペンタ67か 某新聞社の嘱託をしたりしていたが、きっとそのままならば
プレスとして仕事の依頼があって然るべきだし、なんだか頭が頓珍漢状態だ。
もっとも 夏と冬の京都には殆どいなかったので自宅に帰ってきていて
1ヶ月のブランクやら 休学やら色々とあったので、こんがらがる。
そ . . . 本文を読む
写真で生計をたてるなんて本当は、実際は、殆ど無理なのです。
日大芸術学部の卒業生の進路をみると一般企業が95%という統計がある
なので、少しだけ写真に関わったとしても 知識を付けなければならないと
そしてそれはダラから質問されても答えられるものを!と考えました。
写真歴が長いという人も多い中 私は短い時間で密度をあげれば
つまリ長く細くではなくて 太く短い時間で太刀打ちするしかないと思 . . . 本文を読む
(新)カメラマンボウ
なんとなく写真誌だけは立ち読みしていた。京都で驚いたことは
関東は写真屋さんは緑色というのが定番だったが、京都は黄色いのだ定番の
ようで、あとで聞いたらイエローカメラというのがフランチャイズをしていたそうだった。
ところで、ある時某会社で編集部員を募集している事があって、
あったら面白いと思う企画を書けとあった なので
普段は見ることはできても触れない買えない望遠 . . . 本文を読む
(新)カメラマンボウ
それでも写真は暗いって言う印象が消えなかったのだ。
それと京都は当時古都税の導入をめぐって行政と仏閣が対立していて
とばっちをうけたのはなぜか写真だった。
それが 微妙に頭にきていたのだ。カメラを持っているだけで 参観料が高くなることも
あった。京都の悪たれ坊主はベンツに乗って夜な夜な歓楽街にでむいていたくせにと
思った。(たまたま今日仏閣側の交渉役が逮捕された? . . . 本文を読む
(新)カメラマンボウ
ペンタックス67の平均露光システムというのを使っていたが、一番原始的なしかし
本当の平均露出しか表示シてくれないので、例えば新緑などは、そのままの値で
写すと ドアンダーになる。太陽でも入れたならば、相当の補正が必要で、要するに
補正ありきのの露出計なのだった。前に書いたとおり、これを使い始めてからは
補正が面倒なので、スポットメーターを買って欲しいところの露出を測 . . . 本文を読む
(新)カメラマンボウ 京都の写真と友人達
プレスの仕事を断ってしまったけれど、つくづく感じたのはカメラマンは一に体力
二にも、三にも体力という世界だということと、偉そうな事をを紙面に載せているが
プレスの現場では怒号が飛び交う一番節操のないものだということ。
それと、皆小さな脚立を持参しているのだけれど、みんながそうなので、普通に
立っていた方が隙があるということだ。今 . . . 本文を読む
(新)カメラマンボウ
確か、ペンタで京都を撮り始めて偶然であった新聞社の人に声をかけられ
西部 本社 嘱託の仕事をしたけど 報道は向いていないので辞めちゃったと
言うところまでだったかも。
それでもって写真嫌いはそのままで・・・。なるべく自分的には自分史に沿って
書こうかとおもったんですが、考えればそんなの読んでも面白くないなぁと
気がついたので 少しテキトーに話を進めていきます。
. . . 本文を読む
新 カメラマンボウ
報道カメラマンというと聴こえは良いかもしれないが、現場はいつも修羅場で場所の取り合い、
記者の叫び声など怒号に包まれることが多かった。
なので「一番態度が悪いのは 報道陣じゃん」と思った。しかも皆腕力勝負的なことがあり
55kgしかない私には向いていない職場であることを自覚した。
イメージカットは 比較的取り上げてもらえたが、それだけで良いのでは?とも思った。
そ . . . 本文を読む
(新)カメラマンボウ
実はこの後に 朝目新聞の西部本社付 のカメラマンをやっていた時期があったのだが
なんとか新聞というのが東京で一元管理しているものだと思い込んでいたので、
そんなに分かれていていずれも本社って変でないかいと思った。
ただ、初めてのシノゴを買ったり、COELACANTHの撮影をしたりと 一気に写真にはまるのだが
そして大学を休学した事も忘れていたし、どうも時系列順に書い . . . 本文を読む
(新)カメラマンボウ
友達が撮影中の私を写してくれた写真が何枚かある。当時はパーマをかけていたし
その写真を見る限り なんだかカメラマンみたいだ。
しかし、センターポールを伸ばして 三脚の足を伸ばしていないなどいい加減な
ところが結構あるが、しかも67版でである。当時のスリックとしては大きい部類の
三脚だけれど、んーーーーって感じですね。
なにはともあれ、ちっともまともに写せなかったの . . . 本文を読む
カメラマンボウにしようかカメラマン坊にしようかカメラマン某にしようか
今迷っています
マンボウは北杜夫氏のドクトルマンボウシリーズから頂いたとして 某 坊 ぼうをどれんするかが
迷い中です。
はよ決めろや とか そんなのかんけねー なんですけれどね . . . 本文を読む
新 カメラマンボウ まさかという坂はない2
大学時代は四畳半の下宿生活で過ごした。
マンボウという名を使わせて頂いているが、北杜夫氏に傾倒していてまた手紙のやり取りもしながら
氏の旧姓松本高校(現信州大学)時代のハチャメチャぶりを書いた「どくとるマンボウ青春期」の
ような生活を目標にしていた。時代も違うのでとは思いながら・・・・。
他方で白川義員氏の個展「仏教伝来」のメーター焼 . . . 本文を読む