田中角栄 元総理 ロッキード事件で総理の座を降りた人だ。
この人は 自民党の保守本流、つまり吉田茂から始まった自民党の
派閥政治において 良し悪しは別にして、王道を行く人だった、
当時は政治資金に縛りがなく ・・・という時代で 料亭政治などと
揶揄もされたが角栄はブルドーザーと呼ばれたように、まさしく
公共工事を積極的に行うことで地域に金をばらまいた
私がおもうのは角栄は 「政治家」というよりも「政治屋」だったという
事である。彼のような 求心力のある人は以後みあたらないし
これからもで出てこないとおもう。角栄と言えばだみ声で有名だ。
なぜか 今私の中では 「角栄のような強引だけど結果を残した政治屋」が
今の日本には必要だと思う。
民主党政権を見たら彼はなんといっただろうか?
「君たちは形だけで中身がない、とか みんなが大将じゃぁ政治は進まん。
君たちは政(まつりごと)の何たるかさえしらんのか」
ところで自民党の保守奔流の流れを汲んだ最後の政治家は小沢一郎である。
衆議院会館の秘書から「小沢さんが公設秘書を探している。是非会いなさい」と
当時自民党の幹事長だった氏とあった。おのぼりさんよろしく、幹事長の
あの黒い大きな椅子に座って喜んでいた。小沢はこわいという人に言いたい
それは違うと。実際終始満面の笑みで接してくれた。確か中曽根さんが総理の
頃だと思うが 総理大臣の名刺がほしいなんて言ったらちゃんとくれたし。
いろいろと話をしたが、それが面接だったらしくて紹介してくれた秘書を通じて
ー秘書にならないかと小沢が聞いていたと・・・。
細かいやり取りは忘れたが 当時から剛腕と呼ばれていた人に付くのは無理だと
答えた。断ってから あっ失敗したかな?とも思ったが、直接電話がきたりした。
でも やっぱり断ってしまって・・・。話がそれた。もっとも総理に近い人と
言われていたが心臓の持病があることや総理の仕事がいかに面白くないかを
知っていたからならなかっtんだと思う。そこから彼の漂流が始まるのだが、
民主党を大勝利に導いたのは、彼の選挙の戦い方による功績が大きいなだが
忘恩集団である事を知ったうえでの事だと見切っていたに違いない。
というのは 鳩山のおバカ加減や管のへんちくりんぶり等を、承知の上で
総理に祀り上げたに違いないと、私は思っている。万年野党だった理由を
逆算的に知らしめたと言う事だし、あまりにもひどい政治ごっこで日本を
迷走させた民主党を目の当たりにした国民は呆れ果てて、自民党の圧倒的な
勝利を導いた。そこまではおそらく計算済みだったのではないかと私は
感じていたが、予想外だったのは自らの疑惑である。実はあの問題について
マスコミに土地の権利書等を見せるというパフォーマンスをしていたのだが
なんの必然性もなくなぜあのような会見を行ったのか?唐突すぎて危険だと
思ってみていた。その翌年にまさにその部分を突かれた訳だが、どのマスコミも
知ってか知らずか?パフォーマンスを取り上げた所は一社もなかった。
この裁判は無罪となったのに 検察審議会に2度も告発されて、一事不再理と
いう裁判の原則を破り 3審制である日本で5回も、つまり五審も行うという
汚点を残しただけであった。
田中角栄も逮捕 金丸信も然り。権威に溺れたのだろうか?
しかし、今の日本をかえるとするならば、荒療治が必要でありそこには必ず
政治と金の問題が付きまとう。という意味では、圧倒的に資金力があるのは
共産党である。という意味において小異を捨てて大同につくとかんがえれば
共に並んで演説したからといっても何の不思議もないことだと私は思うのである