名古屋城を見物して、友人宅に戻って少し休ませてもらって(スマホを充電させてもらって)から
食事に出た。
で、地下鉄の駅まで送ってもらって、そこから私はお宿へ移動~
最寄り駅に降りた時はあまりに暗く、ぎょっとしたが旧東海道沿いにあったし、スマホの電池が少し持ち直したこともあり
迷わずに到着。予約時に「8時に着きます」と申告したら、本当に8時ちょうどに到着した。
(ドミトリーに泊まったのだけど、相部屋のヒトたちもまだ到着していなかった)
お宿の話は後日にするとして、この晩は宿も満床だったようなので、さっさとシャワーを浴びて就寝。
翌朝は日の出(5:00)ともに起き出して、着替えだけして歯磨きもせず←てか、「歯磨き粉を入れ忘れた~」と勘違いしてまっていた。
布団もそのままで、外出した。
夜明けの街並み。
有松は絞りの街ということで、どこもかしもおそろいののれん。
東へ向かってずんずん、ずんずん。趣のある街並みは思ったより早く終わってしまい、
フツーの住宅街をずんずんと歩いた。
やがて幹線道路に出て、歩道沿いを東へ進む。途中、コンビニに寄って、ミネラルウォーター水と歯磨き粉を購入。
で、だいたい20分くらい歩いたかなー(距離にして1.6km) 目的地に到着。
桶狭間古戦場伝説地 ←言い切らないところがビミョー。
私はむしろ、隣の建物が気になってしまった。←レトロだけど、進歩的な病院のようで。
まぁ、ここは戦場の一部なんだろうなぁ。
と思いつつ、今度は南西方向に緩やかな坂道を登った。
たしか、桶狭間の戦いって、5月にあったんじゃないかと。(旧暦?)
途中、道に迷いつつ、歩くこと約20分で次の目的地に到着。
桶狭間古戦場公園。ここで、今川義元が討たれたという説があるそうな。
織田信長と今川義元の銅像→
←後ろ姿もいい。
さっきのところからここまでの一帯が「桶狭間」と呼ばれていたのかなぁ。。。という印象。
以前、新聞記事で桶狭間の古戦場跡について、豊明市と名古屋市緑区がもめているというのを読んだ。
最初に訪れた古戦場伝説地は豊明市、こちらが名古屋市緑区。
どんだけ離れているのよ!と記事を読んだ時は思ったけど、実際に歩いてみると、どっちもアリかなぁ。
帰ってから司馬遼太郎の『国盗り物語3』を読み返して見ると、戦勝気分に浮かれた義元を桶狭間という窪地に案内したことになっている。
だけど、どうかなぁ。
私が大将ならば、砦を落としたくらいで浮かれないし、たぶん、奇襲を警戒して、見晴らしのいい高台に登って休息をとる。
だから、名古屋市内の方が有力かなぁ。もっとも、攻められて丘を下って追い詰められたのが伝説地ってこともあるかも。
まぁ、それは歴史のロマンってやつでしょー。
いずれにしろ、この日歩いた一帯で450年前に桶狭間の戦いがあったということで、よいでしょう。
ということで、次回はお宿の話。
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