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本能寺の変 「明智憲三郎的世界 天下布文!」

『本能寺の変 431年目の真実』著者の公式ブログです。
通説・俗説・虚説に惑わされない「真実」の世界を探究します。

大河ドラマ「江」の歴史捜査31・32:秀吉の死と現代への遺産

2011年08月28日 | 大河ドラマ「江」の歴史捜査
 先々週の「江」は秀吉の死でした。番組では第二次朝鮮出兵の決定、キリシタン迫害、千姫誕生、醍醐の花見、家康ら五大老・五奉行への秀吉の遺言(秀頼をよろしく頼むという有名な遺言)、そして秀吉の死と足早に進行し、さらに先週の「江」では朝鮮からの撤兵、石田三成と家康の対立とドンドン進みました。日本だけでなく朝鮮やスペイン・ポルトガルへも影響を与えた重要な歴史の局面だったのですが、実にあっさりと通り過ぎた感がします。
 さて、秀吉の功罪はいろいろ論じられていますが、私は秀吉が現代に残した重い遺産が三つあると思っています。

 一番目は「朝鮮侵略です。
 これが朝鮮に与えた被害は甚大でした。他国に侵略されて多くの人が殺されたり拉致されたことは四百年たっても忘れることのできない民族の記憶でしょう。「反日」の原点がここにあります。
 このことを、最近の韓流ブームで日本人はすっかり忘れてしまっていないでしょうか。
 ★ 日本と朝鮮半島2000年

 二番目は「神国日本思想」です。
 秀吉は戦前の日本国家の英雄でした。それは戦前の日本国が進めた対外侵略のお手本が秀吉だったからです。秀吉は神功皇后の「三韓征伐」を持ち出したり、自分は日輪の子だと言ったりして、「唐入り」(東アジア征服)を正当化しました。「神国日本」という思想も秀吉によってこの時に作り出されました。この秀吉の遺産を軍国日本が大いに利用して朝鮮併合・中国侵略戦争を正当化し、太平洋戦争へと突き進んだのです。秀吉の遺産がなければ、明治以降の日本の歴史も少し変わっていたと思います。

 三番目は「本能寺の変の改ざん」です。
 秀吉は本能寺の変の真相を改ざんし、通説の元を作りました。四百年間、その嘘がまかり通って現代でも通用してしまっています。一番目、二番目の遺産に比べれば軽いものですが、私にとっては重いものですし、日本の戦国史研究にとっても重いものがあります。
 ★ 本能寺の変:みんな秀吉にだまされた

 秀吉を英雄視する気持ちはいまだに日本人の中にあるように思います。「ひょうきんで憎めない」性格といった秀吉像もしみついていますが、あれは誰が作ったのでしょうか。大河ドラマ「江」が従来の秀吉像を少し是正した点は評価しましょう。
 
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本能寺の変 四二七年目の真実
明智 憲三郎
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2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
はじめまして。 (maa)
2011-08-29 21:30:13
散歩していたらこちらのブログに出会いました。
とてもすごい内容で、食事もせず夢中になってほとんどの部分を読ませて頂きました。
特に「愛宕百韻」の解釈には本当に興奮しました。
この研究結果、多くの人にひろがって欲しいです。           
ただ正直、この昨日の分にはあまり賛同しません。
例えば「一番目」に関しても、朝鮮の人たちが「反日」なのは、古代からの中華思想の影響が強いからではないですか?
中国人優秀、朝鮮人やや優秀、日本人愚劣という考え方です。   
だから朝鮮人は、劣った日本人から攻撃や併合をされると、プライドを傷つけられ激しく怒るのではないでしょうか? 
自分たちより優秀な中国からの攻撃であれば、反日行動ほどの過激な反発はしないと思います。         

すみませんそれに、天下布文というのも少し疑問を感じました。                         
光秀が殺害した人物のキャッチフレーズから、あえてパクらなくてもいいのではないですか?
以前聞いた話で、明智氏は元々朝鮮の貴族だったが政争に敗れて日本に逃れてきた、というのがありましたが、
世間で言われる朝鮮の方々の行動パターンに、似ていらっしゃる!と思いました。
パクるのも楽しいかも知れません。でも個人的には光秀の愛宕百韻のモジリを是非見てみたいです。
明智さんはとても素敵なユーモアをお持ちのようなので、楽しみにしたいです。

何となく長文になってしまいました。失礼いたしました。
返信する
maaさんに質問です (通りすがり)
2011-09-01 19:21:29
明智氏が、政争に敗れて日本に来た朝鮮の亡命貴族と書かれていますが、そんな話は初耳です。

明智氏はこちらのブログにも書かれてあるように、土岐一族です。
その中でも清和源氏、源頼光流というのが有力な説です。

亡命朝鮮貴族だというのなら、その明確な根拠を示していただけますか?
返信する

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