「徒然草」 (序段)いろいろな現代語訳
「原文」
つれづれなるままに、日ぐらし、硯にむかひて、心にうつりゆくよしなしごとを、そこはかとなく書きつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ。
「徒然草・方丈記」嵐山 光三郎・三木 卓 21世紀版 少年少女古典文学館 10 講談社 2009年
たいくつしのぎに、一日じゅうすずりにむかって、つぎからつぎにうかんでくることを書くことにしたぜ。とりとめもない話だから、書くわたしのほうだってへんな気分さ。
「徒然草」ビギナーズ・クラシックス 角川ソフィア文庫 2002年
今日はこれといった用事もない。のんびりと独りくつろいで、一日中机に向かって、心をよぎる気まぐれなことを、なんのあてもなく書きつけてみる。すると、しだいに現実感覚がなくなって、なんだか不思議の世界に引き込まれていくような気分になる。
人から見れば狂気じみた異常な世界だろうが、私には、そこでこそほんとうの自分と対面できるような気がしてならない。人生の真実が見えるように思えてならない。独りだけの自由な時間は、そんな世界の扉を開いてくれる。
「絵本・徒然草」 橋本 治 河出文庫 2005年(1990年刊行)
退屈で退屈でしょーがないから一日中硯に向かって、心に浮かんで来るどーでもいいことをタラタラと書きつけていると、ワケ分かんない内にアブナクなってくんのなッ!
「改訂 徒然草」 今泉 忠義 角川ソフィア文庫 1957年(1952年初版)
じっとして何かしないではいられない気持ちに惹かれて、終日硯に向かいながら、心に浮かんでくるとりとめもないことを、何ということもなく書きつけてみると、自分ながら妙に感じられるほど―――興がわいてきて―――何だかものに憑かれたような気さえして筆を進める。
「解説 徒然草」 橋本 武 ちくま学芸文庫 2014年(1981年刊行)
身も心も十分なゆとりがあるものだから、一日中机にむかうことのできる状態で、わが心に去来する種々雑多な想念を、とりとめもなく書きつけていくと、(私の心は)言い表しようがないほど熱中し、無我夢中の状態になってしまうのである。
「すらすら読める 徒然草」 中野 孝次 講談社文庫 2013年(2004年刊行)
為すこともなく退屈なまま、日がな一日硯に向かって、心に映っては消え、消えては映る埒もないこともを、浮かぶまま、順序もまとまりもなく書きつけていると、自分が正気なのかどうかさえ疑われるような、狂おしい心持ちになってくる。
「徒然草 REMIX」 酒井 順子 新潮文庫 2014年(2011年刊行)
退屈な毎日を暮らしている時に、心に浮かんでくるどうでもいいようなことを何となく書きつけてみれば、何をしているんだかなぁ、俺
「徒然草 全訳注」 三木 紀人 1979年 講談社学術文庫
所在なさにまかせて、終日、硯に向かって、心に浮かんでは消えてゆくとりとめのないことを、気ままに書きつけていると、ふしぎに物狂おしくなる。
「徒然草」新訂 西尾 実・安良岡 康作 校注 ワイド版 岩波文庫 1991年
することもないものさびしさにまかせて。心の中を移動してゆく、とりとめのないこと。(通説は、特に定まったこともなく、あてどもなく)妙にばかばかしい気持ちがすることだ。
「原文」
つれづれなるままに、日ぐらし、硯にむかひて、心にうつりゆくよしなしごとを、そこはかとなく書きつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ。
「徒然草・方丈記」嵐山 光三郎・三木 卓 21世紀版 少年少女古典文学館 10 講談社 2009年
たいくつしのぎに、一日じゅうすずりにむかって、つぎからつぎにうかんでくることを書くことにしたぜ。とりとめもない話だから、書くわたしのほうだってへんな気分さ。
「徒然草」ビギナーズ・クラシックス 角川ソフィア文庫 2002年
今日はこれといった用事もない。のんびりと独りくつろいで、一日中机に向かって、心をよぎる気まぐれなことを、なんのあてもなく書きつけてみる。すると、しだいに現実感覚がなくなって、なんだか不思議の世界に引き込まれていくような気分になる。
人から見れば狂気じみた異常な世界だろうが、私には、そこでこそほんとうの自分と対面できるような気がしてならない。人生の真実が見えるように思えてならない。独りだけの自由な時間は、そんな世界の扉を開いてくれる。
「絵本・徒然草」 橋本 治 河出文庫 2005年(1990年刊行)
退屈で退屈でしょーがないから一日中硯に向かって、心に浮かんで来るどーでもいいことをタラタラと書きつけていると、ワケ分かんない内にアブナクなってくんのなッ!
「改訂 徒然草」 今泉 忠義 角川ソフィア文庫 1957年(1952年初版)
じっとして何かしないではいられない気持ちに惹かれて、終日硯に向かいながら、心に浮かんでくるとりとめもないことを、何ということもなく書きつけてみると、自分ながら妙に感じられるほど―――興がわいてきて―――何だかものに憑かれたような気さえして筆を進める。
「解説 徒然草」 橋本 武 ちくま学芸文庫 2014年(1981年刊行)
身も心も十分なゆとりがあるものだから、一日中机にむかうことのできる状態で、わが心に去来する種々雑多な想念を、とりとめもなく書きつけていくと、(私の心は)言い表しようがないほど熱中し、無我夢中の状態になってしまうのである。
「すらすら読める 徒然草」 中野 孝次 講談社文庫 2013年(2004年刊行)
為すこともなく退屈なまま、日がな一日硯に向かって、心に映っては消え、消えては映る埒もないこともを、浮かぶまま、順序もまとまりもなく書きつけていると、自分が正気なのかどうかさえ疑われるような、狂おしい心持ちになってくる。
「徒然草 REMIX」 酒井 順子 新潮文庫 2014年(2011年刊行)
退屈な毎日を暮らしている時に、心に浮かんでくるどうでもいいようなことを何となく書きつけてみれば、何をしているんだかなぁ、俺
「徒然草 全訳注」 三木 紀人 1979年 講談社学術文庫
所在なさにまかせて、終日、硯に向かって、心に浮かんでは消えてゆくとりとめのないことを、気ままに書きつけていると、ふしぎに物狂おしくなる。
「徒然草」新訂 西尾 実・安良岡 康作 校注 ワイド版 岩波文庫 1991年
することもないものさびしさにまかせて。心の中を移動してゆく、とりとめのないこと。(通説は、特に定まったこともなく、あてどもなく)妙にばかばかしい気持ちがすることだ。